第69回　バブル期恋々、株ってそんなに魅力ある？

　円高が止まりません。アメリカの国債の格付けが下がりました。株価は全面安で、Ｇ７がどうの、ギリシャがどうの、…およそ経済の話になると、ついていけないのが大多数の団塊の世代のオバサン連。ところが、最近「わたし、ミセス・ワタナベなの」という人もチラホラ。
　てっきり「渡辺謙の再再婚相手をめざすのか？」と思えばさにあらず。
　語源は日本の主婦やサラリーマンなどの小口外国為替証拠金取引（略してＦＸ）投資家を総称して、欧米のメディアが名づけたもの。2007年ごろから、東京市場で為替相場の方向性が昼休みごろになると相場が反対方向（主にドル買い）へ振れて、想定外の現象を起こすことから、「日本の個人投資家も数が集まるとマーケットを動かす大きな力になってあなどれない」という自戒の意味をこめた「名称」だそうです。
　ミセス・ワタナベをやっている友人は、親が結婚のときに持たせてくれた多額の持参金を使っているといいます。
　「この金は婚家の誰にも、亭主にも見せちゃいけないよ。お前の命銭だからね」と念を押されて、ずっと貸金庫に入れたまま。山内一豊の妻ほどの急な買い物も、さしたる不幸もなく、ン十年ぶりに貸金庫の箱をあけたら聖徳太子の旧紙幣だったから、証券会社の若いオネーチャンが「偽札か」と色めきだって恥ずかしかったとか。
　「開運なんでも鑑定団」に出したほうが骨董的な値打ちで稼げたとちゃうかしらンと思ったけど、（ヒトの金だし）まぁ、それはよろし。「チマチマ稼げるのよ。あなたもやってみない？」とアムウェイのホーム販売でも勧めるノリ。この「怖いもの知らず」のノリが主婦の強みでしょう。そういえば80年代末期のバブル期にも投機熱が沸騰しましたねぇ。

　あの当時、ちょっとした小金もへそくりも、どんどん株式投資にまわされて、「あなたＮＴＴ株買えた？」が主婦の間のあいさつがわりになっていました。通帳に十万円の預金もなく、教育盛りの子を持ってやりくりに必死だった私には無縁の世界とはなから諦めているのに、銀行は「株は今が買い時です。なんなら多少融資しますよ」と悪魔のささやき。
　それならと、知り合いの○○証券の××支店長に相談してみます。「二百万で絶対にもうかる銘柄ってありますか？」
　「株？　あんなもの勝負師の世界の話で、素人さんが手を出しちゃダメです。我々は株が上がろうが下がろうが関係無し。投機をあおり、ダメそうならすぐ売らせて、その売買の手数料で稼いでいるんです。会社みたいに株の超プロが億単位でやるんじゃなければ、損するような仕組みにできているんですから。新車のスポーツカーを崖から落っことしてもいいぐらいの度胸がなければやっちゃいけません。ホントですよ」
　素直な私は、彼の誠意のこもった忠告を忠実に守って、いまだスポーツカーを一台オシャカにすることなく、一株も持っておりません。おかげで、余分なストレスをためずにすんだと思っています。

　この支店長、バブル期は早朝から顧客の接待ゴルフでひと月の半分はコースに出勤していたという強者。「あんたさんとこが勧めた銘柄でえらい損したで」なんていう上客の愚痴や苦情を、「すみませんでした。次は絶対に確実なのをみつけますから」なんて頭下げ下げ処理していく。ついでにＯＢになった客のボールをいち早くみつけて蹴りだし、「セーフでしたよォ」と笑顔で叫ぶのが主な仕事でした。
　ある日、「わし、ちょっと支店長とこみいった話ありますねん」というほろ酔いの客を助手席に乗せ、客が乗ってきた新品の外車を若い社員にまかせて、二台連ねてゴルフ場から帰途につきました。バブル期のゴルフブームで帰宅時間は田舎の一本道は大渋滞。ナビのない時代、「抜け道マップ」なる本で農道のような無舗装の狭い道を探し探しのドライブになります。
　その一本道の農道の向こう端にダンプカーが乗り入れてきました。こりゃヤバイと支店長は少し車を寄せて止まったのですが、なんと若者がハンドルを握る客の車はスピードを落とす気配もなく、農道を突き進んでいきます。一方のダンプも「なんだ、このヨソもんが」と言わんばかりにつっこんできます。
　支店長と客は「あ、あのバカ、止まれ！」「ああ、一千万の外車が…」と声にならない悲鳴をあげた瞬間、ほんのわずかなすき間をつくって真っ白なドイツ車と土まみれのダンプは見事すれ違い成功。支店長のドキドキはしばらくやまなかったとか（翌日、彼は狭心症外来を受診します）。顔面蒼白で冷や汗をかいている彼の隣で、車の持ち主である上客は大きくため息をつきました。感嘆することしきり。「支店長、ああいう命知らずのヤツにわしの金で株を買わせなあきまへんで」

　あれから20年余、団塊のバブル戦士たちは無事に定年退職を迎え、多くのメディアの予想と違って「粗大生ごみ」にもならず、元気にリタイア人生に入っていったようです。ひとつには上の世代のように、身も心も会社に捧げて尽くしきったというタイプが少ないせいでしょう。会社や組織もかつてのように福利厚生、社宅から家族リゾートの芋ほりまで面倒をみて、転職を防止するといったサービスをやめ、義理やしがらみがなくなりました。おかげで、未練もなくおさらばできたのだと思います。
　夫婦で旅行する、趣味を楽しむというカップル文化も抵抗なくやってきた世代ですから、24時間テレビの前に鎮座して、アゴで女房をこきつかうなんてこともない。「掃除機や皿洗い機よりキレイにやるから便利よォ。犬の散歩やお風呂もやってくれるし」という妻族の夫の利用価値の声にも納得。
　ただし、「リタイア人生は企業年金と株の配当で」ともくろんでいたのが、不況と塩漬けで先行き不安で思いきり遊べないそうな。どっちも無いアタクシはリタイアとは無縁の、相変わらずの自転車操業をやっております。

　次回は、８月26日更新予定です。