第10回 もうじき春ですね!
団塊世代の共通体験は「競争」
どの世代にも「ああ、あなたも同じ思いを…。わかる、わかる…」という共通体験があります。団塊の世代が物心ついたころによく聞かされたのが、親世代の「戦争体験」でした。
「オタクはどちらへ? 満州? 私は南方でした」
「俺は内地でしたが、最後の学徒動員で…」
「お互いえらい時代で、苦労しましたなぁ」
と、初対面でもこの話題で意気投合しちゃいます。
特に戦時中の物資不足の話になると、女性たちは怪気炎をメラメラ。
「買い出し列車は重量制限があってサ。ずいぶんお芋を捨てさせられたワ」
「私はヤミ米を没収されたの。泣く泣く晴れ着と取り替えたお米をよ! くやしいったらありゃしない」
「いつもお腹がすいてたわねぇ」
と、盛り上がること盛り上がること。
戦後の経済復興の原動力は、この「みんな一緒に苦しんで飢えた」国民的な共通体験だったのかもしれません。
戦後生まれの団塊世代の共通体験をあげるなら、「競争」でっしゃろね。なにしろ子どもの数は現在の2倍! 何もかもが不足して全員には行き渡らない。グズグズしていれば「落ちこぼれ」になる時代でしたから、せっかちだけどタフな連中が多く、給食を早食いしておかわりの列に並んだり、大学2期校の競争率が30〜40倍になってもメゲずに挑戦したり、「年上の男は少ないから売れ残るゾ」と尻を叩かれながら結婚相手をゲットしたものです。
競争ストレスを、いい意味でも悪い意味でも「人生の香辛料」にした(せざるをえなかった)世代でしょう。
馬車馬のごとく突っ走ってきた団塊の世代も定年退職で休息できるかと思えば、「100年に一度の経済恐慌」に出くわすことになりました。ここで逃げては男が(女も)すたる。ここは「打たれ強い」世代の強みを発揮して競争に参加し、もうひと頑張りしなくちゃいけませんナ。
「オタクはどちらへ? 満州? 私は南方でした」
「俺は内地でしたが、最後の学徒動員で…」
「お互いえらい時代で、苦労しましたなぁ」
と、初対面でもこの話題で意気投合しちゃいます。
特に戦時中の物資不足の話になると、女性たちは怪気炎をメラメラ。
「買い出し列車は重量制限があってサ。ずいぶんお芋を捨てさせられたワ」
「私はヤミ米を没収されたの。泣く泣く晴れ着と取り替えたお米をよ! くやしいったらありゃしない」
「いつもお腹がすいてたわねぇ」
と、盛り上がること盛り上がること。
戦後の経済復興の原動力は、この「みんな一緒に苦しんで飢えた」国民的な共通体験だったのかもしれません。
戦後生まれの団塊世代の共通体験をあげるなら、「競争」でっしゃろね。なにしろ子どもの数は現在の2倍! 何もかもが不足して全員には行き渡らない。グズグズしていれば「落ちこぼれ」になる時代でしたから、せっかちだけどタフな連中が多く、給食を早食いしておかわりの列に並んだり、大学2期校の競争率が30〜40倍になってもメゲずに挑戦したり、「年上の男は少ないから売れ残るゾ」と尻を叩かれながら結婚相手をゲットしたものです。
競争ストレスを、いい意味でも悪い意味でも「人生の香辛料」にした(せざるをえなかった)世代でしょう。
馬車馬のごとく突っ走ってきた団塊の世代も定年退職で休息できるかと思えば、「100年に一度の経済恐慌」に出くわすことになりました。ここで逃げては男が(女も)すたる。ここは「打たれ強い」世代の強みを発揮して競争に参加し、もうひと頑張りしなくちゃいけませんナ。
「受験」は貴重な日本文化になりうる
ところで今年の受験シーズンも終盤にきていますが、「じゅけん」と聞くだけで胸キュン、鼻の奥がツン、目がウルウルする人が結構いらっしゃるはず。
いまや鈴なりの某神社の合格祈願の絵馬や塾の出陣式は、日本の冬の風物詩。家族も学校も予備校もこの時期だけは一致団結して真剣に取り組む「ガンバリズム」は、ワーッと盛り上がってパーッと散る桜の花に似て、ウエットな風土によくマッチしています。
思えば大戦から60年余、いまや風化した戦争体験の後釜として日本人全体が共感を持てるのは、自分と子どもの「受験体験」しかないのと違いますか。
いまや鈴なりの某神社の合格祈願の絵馬や塾の出陣式は、日本の冬の風物詩。家族も学校も予備校もこの時期だけは一致団結して真剣に取り組む「ガンバリズム」は、ワーッと盛り上がってパーッと散る桜の花に似て、ウエットな風土によくマッチしています。
思えば大戦から60年余、いまや風化した戦争体験の後釜として日本人全体が共感を持てるのは、自分と子どもの「受験体験」しかないのと違いますか。
「おろしてぇ! これから受験しに行くのォ!」
するとモーゼの脱エジプト記みたいにすうっと人垣が寄って、車内に道ができたのです。ホームにいったん降りる人、電車のドアをおさえる人、「はやく降りろ」と背中を押す人。乗客の誰もが優しげで、後ろ姿にエールをおくっているようでした。
友人の息子は試験会場を間違え、青くなってタクシーに飛び乗りました。本人は半分諦めたのですが、
「せがれも昨年ジュケンだったよ」
と答えた運転手は、「しっかりつかまってろ」と言うや、道とは名ばかりの川の土手をぶっとばします。途中で民家の軒先をけもの道のように抜けて、10分遅れで到着。運転手さんの必死さに感謝しつつ受験して、無事合格したとか。
「いい話だなぁ、わかるよ、その気持ち」と思う人も多いかも。そういう民族的にウエットな想いを共有し続けるためにも、あるいは放し飼い状態でパッパラパーなままできちゃった現代の子どもたちに、
「こんなことしている場合じゃないんだ」
と危機意識を持たせるためにも、「受験」はもはや貴重な日本文化ではなかろうかと思う今日この頃であります。
(2009年2月27日)
- 宮本まき子先生へのお問い合わせはホームページから
- http://homepage3.nifty.com/makiko-miyamoto/