前回のキャッチ・アップでは、映画『Peace』の想田和弘監督に、本作品を撮り始めたきっかけや撮影中のエピソードについてうかがいました。今回は、観察映画というドキュメンタリーの手法から現在の日本、現在の介護業界を俯瞰してみます。
Vol.98 観察することで「今」を切り取る。介護現場の現実
――映画『Peace』公開記念・想田和弘監督インタビュー その2
観察には主体がいる。誰がどの視点で観察するのか
―― 想田監督は「観察映画」を提唱・実践し、今回の『Peace』がその3作目になります。まずは観察映画の定義を教えていただけますか。
監督 観察には2つの意味があります。1つは、作り手である僕が現実をよく観察し、その結果得られた発見をもとに映画を製作します。そのために台本を書かない、リサーチをしない、被写体との事前の打ち合わせもせず、行き当たりばったりでカメラをまわします。「結論先にありきの予定調和」ではなく、撮影や編集の過程で発見したことをもとに映画を作るわけです。
2つ目は、観客による観察。観客に映画の中で起きている事柄を能動的に観察してもらい、自由に感じ考え、解釈してもらいたいので、ナレーションをつけたり、音楽で感情を盛り上げることをしません。
―― 観察映画の3作目として、過去の作品と比べて『Peace』の出来はいかがですか。
監督 自分で言うのもなんですが、次第に方法論が身についてきましたね。アイデアを実践するための技量が少しは進歩した気がします。加えて、観察映画のコンセプトも成長してきていると思います。当初は自分(監督)の存在を消そうとしていましたが、『Peace』では自分も含めた世界の観察でいいと割り切り、楽になりました。だから映画に自分の声が入っていたり、被写体が自分に話しかけてくる場面もそのまま使っています。
監督 観察には2つの意味があります。1つは、作り手である僕が現実をよく観察し、その結果得られた発見をもとに映画を製作します。そのために台本を書かない、リサーチをしない、被写体との事前の打ち合わせもせず、行き当たりばったりでカメラをまわします。「結論先にありきの予定調和」ではなく、撮影や編集の過程で発見したことをもとに映画を作るわけです。
2つ目は、観客による観察。観客に映画の中で起きている事柄を能動的に観察してもらい、自由に感じ考え、解釈してもらいたいので、ナレーションをつけたり、音楽で感情を盛り上げることをしません。
―― 観察映画の3作目として、過去の作品と比べて『Peace』の出来はいかがですか。
監督 自分で言うのもなんですが、次第に方法論が身についてきましたね。アイデアを実践するための技量が少しは進歩した気がします。加えて、観察映画のコンセプトも成長してきていると思います。当初は自分(監督)の存在を消そうとしていましたが、『Peace』では自分も含めた世界の観察でいいと割り切り、楽になりました。だから映画に自分の声が入っていたり、被写体が自分に話しかけてくる場面もそのまま使っています。
監督 自然に外から見ることになりますね。観察には主体がいて、誰がどの視点で観察するのかが重要です。海外に住んでいる僕が撮るので、日本に住んでいる人とは異なる視点になるのは当然ですが、それによって日本に住んでいる人も少し異なる視点で日本を見る経験になるのではないでしょうか。
予定調和の臨界点。台本を手放そう
―― 映画の話とは離れてしまいますが、海外に住んでいる視点から現在の日本はどのように映りますか。
監督 「結論先にありき」や「予定調和」の発想が蔓延し、かつ破綻している感じがします。例えば「原発は絶対安全」という台本が先にあり、それに合うデータや学説ばかりを集めてきた結果、お題目と現実の乖離がどんどん進んでいき、その帰結として今回の原発事故が起きたわけでしょう。でも、これは原発だけでなく、介護や福祉の分野を始めとして、社会全体に共通することではないでしょうか。
―― 「精神」「Peace」に登場する人たちは、予定調和では済まされない人たちですね。
監督 制度は予定調和で結論が先にありきですよね。「要介護認定5の人にはこういう支援が妥当」というように、すべてが数値化・基準化されて、とてもすっきりしています。でも、現実は全然すっきりしてない。特に介護の現場では、一人ひとり事情が異なるので、数値や基準からはこぼれ落ちてしまうことばかり。だからこそ、現場の人には創意工夫が求められるわけですが、制度がかっちりしすぎていると、かえって無駄も多いし奇妙なことも生じます。
たとえば福祉有償運送では、運行管理者が運転手に毎朝「免許証は持っていますか」「酒は飲んでいませんか」という具合に確認作業を行うことが義務づけられていますが、義父は一人で両者を兼ねているので、どうすればいいかを行政に尋ねたところ「一人二役でもいいからやってください」と言われたそうです。それじゃあ漫才ですよね(笑)。
―― 折しも国会では、介護保険法の改正案が審議され、来年には介護報酬の改定も控えます。予定調和ではない、現場の今を汲み取った制度設計を期待したいものです。本日はありがとうございました。
監督 ありがとうございました。
2回にわたり、想田監督の話を掲載しました。映画『Peace』は、声高に介護業界の「今」を憂う作品ではありません。皆さんが映画を観て感じることがすべてです。しかし観終わった後、もしかすると利用者の風景が変わって見えるかもしれません。
監督 「結論先にありき」や「予定調和」の発想が蔓延し、かつ破綻している感じがします。例えば「原発は絶対安全」という台本が先にあり、それに合うデータや学説ばかりを集めてきた結果、お題目と現実の乖離がどんどん進んでいき、その帰結として今回の原発事故が起きたわけでしょう。でも、これは原発だけでなく、介護や福祉の分野を始めとして、社会全体に共通することではないでしょうか。
―― 「精神」「Peace」に登場する人たちは、予定調和では済まされない人たちですね。
監督 制度は予定調和で結論が先にありきですよね。「要介護認定5の人にはこういう支援が妥当」というように、すべてが数値化・基準化されて、とてもすっきりしています。でも、現実は全然すっきりしてない。特に介護の現場では、一人ひとり事情が異なるので、数値や基準からはこぼれ落ちてしまうことばかり。だからこそ、現場の人には創意工夫が求められるわけですが、制度がかっちりしすぎていると、かえって無駄も多いし奇妙なことも生じます。
たとえば福祉有償運送では、運行管理者が運転手に毎朝「免許証は持っていますか」「酒は飲んでいませんか」という具合に確認作業を行うことが義務づけられていますが、義父は一人で両者を兼ねているので、どうすればいいかを行政に尋ねたところ「一人二役でもいいからやってください」と言われたそうです。それじゃあ漫才ですよね(笑)。
―― 折しも国会では、介護保険法の改正案が審議され、来年には介護報酬の改定も控えます。予定調和ではない、現場の今を汲み取った制度設計を期待したいものです。本日はありがとうございました。
監督 ありがとうございました。
2回にわたり、想田監督の話を掲載しました。映画『Peace』は、声高に介護業界の「今」を憂う作品ではありません。皆さんが映画を観て感じることがすべてです。しかし観終わった後、もしかすると利用者の風景が変わって見えるかもしれません。
想田和弘(そうだ かずひろ) 栃木県足利市生まれ。東大文学部、SVA映画学科卒業。1993年からニューヨーク在住。「観察映画」を提唱・実践。『選挙』(07年)は世界200か国近くでテレビ放映され、米国ピーボディ賞を受賞。『精神』(08年)は釜山国際映画祭・ドバイ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を獲得。著書に『精神病とモザイク』(中央法規出版)。また、『Peace』のメイキングを通じた観察映画論『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか(仮)』(講談社現代新書)が7月15日に刊行予定。 |
『Peace』 (c)2010 Laboratory X, Inc. 舞台は岡山県岡山市。そこで暮らす人々や猫たちの何気ない日常をつぶさに観察しながら、平和とは、共存とは、そしてそれらの条件とは何か、観客に問いかける観察ドキュメンタリー。 ※7月16日(土)より、シアターイメージフォーラムにてロードショーほか全国順次公開。 映画公式HP→http://peace-movie.com/ |