平成22年4月1日、厚生労働省は「特別養護老人ホームにおいて介護職員が口腔内のたんの吸引、胃ろうによる経管栄養を行うことはやむを得ない」とする通知を医政局長名で出しました。
今回のキャッチアップでは、今回の特養のたん吸引等について、どのような経緯でこの結果が導かれたのか、具体的に何が可能となったのかを、お伝えします。
今回のキャッチアップでは、今回の特養のたん吸引等について、どのような経緯でこの結果が導かれたのか、具体的に何が可能となったのかを、お伝えします。
Vol.80 特養の介護職員による「たんの吸引、経管栄養」が一定条件のもと可能に
通知にいたる経過
通知にある「現状やむなし」という見解について、現場はどう感じているでしょうか?
今までは、不安ながらも行っていたという実態も指摘される中で、現状に即した判断だと言えるのかもしれません。また、あくまでも医行為であるということとの矛盾に、抵抗や不安を感じる方もいるかもしれません。
介護職員の医行為については従来から大きな議論の的ですが、今回のこの通知が発出されるまでにも、繰り返し検討が行われてきました。
厚生労働省のホームページに掲載されている各種検討会の議事録をみても、試行錯誤、紆余曲折している跡がうかがえます。現場の方々にとっては、「結果」と、これから具体的にどうなる(どうする)かが実務に直結するところですが、どのような議論を踏まえて至ったのかを知ることも、実務をする上で念頭におきたいところです。
まず今回の件は、厚生労働省が平成21年2月から行ってきた「特別養護老人ホームにおける看護職員と介護職員の連携によるケアの在り方に関する検討会」の検討結果を受けたものとなっています。同検討会では、特養の入所者の重度化に伴い医療的なニーズも高まっており、介護職が看護職と連携して医療的ニーズにどこまで応えられるか、どこまでを行うべきかなどについて話し合われてきました。
議論の中では、医療的ニーズが高い利用者が特養に入所していること自体への疑問も投げかけられましたが、実態としてやむをえない状況であること。さらに、高齢化に伴い、たんの吸引等が必要になっても、引き続き同じ施設で生活を続けられることが重要なのではないかということ。一方で、特養としてもこれ以上の医師や看護職員の加配は厳しい状況にあり、現実問題として特養で医療的ニーズに応えられる方法を探れないかという方向で話が進んできました。
医療的ニーズとしては、厚生労働省の実態調査から、服薬管理や経鼻経管栄養・胃ろうによる栄養管理、たん吸引、創傷処置、浣腸、摘便が挙げられました。そのなかで、行為の危険性や夜間に行う頻度など、介護職員と看護職員との連携や役割分担の必要性が考慮され、経管栄養とたん吸引という2つに焦点が絞られました。
経管栄養・たん吸引の中でも、危険性が低い行為(以下)のみを、看護職員と連携した上でできる行為としてモデル事業を実施し、検証が行われました。
(1)たんの吸引:口腔内、咽頭の手前(肉眼で確認できる範囲)まで。
(2)胃ろうによる経管栄養:栄養チューブ等の接続・注入開始を除く。
今までは、不安ながらも行っていたという実態も指摘される中で、現状に即した判断だと言えるのかもしれません。また、あくまでも医行為であるということとの矛盾に、抵抗や不安を感じる方もいるかもしれません。
介護職員の医行為については従来から大きな議論の的ですが、今回のこの通知が発出されるまでにも、繰り返し検討が行われてきました。
厚生労働省のホームページに掲載されている各種検討会の議事録をみても、試行錯誤、紆余曲折している跡がうかがえます。現場の方々にとっては、「結果」と、これから具体的にどうなる(どうする)かが実務に直結するところですが、どのような議論を踏まえて至ったのかを知ることも、実務をする上で念頭におきたいところです。
まず今回の件は、厚生労働省が平成21年2月から行ってきた「特別養護老人ホームにおける看護職員と介護職員の連携によるケアの在り方に関する検討会」の検討結果を受けたものとなっています。同検討会では、特養の入所者の重度化に伴い医療的なニーズも高まっており、介護職が看護職と連携して医療的ニーズにどこまで応えられるか、どこまでを行うべきかなどについて話し合われてきました。
議論の中では、医療的ニーズが高い利用者が特養に入所していること自体への疑問も投げかけられましたが、実態としてやむをえない状況であること。さらに、高齢化に伴い、たんの吸引等が必要になっても、引き続き同じ施設で生活を続けられることが重要なのではないかということ。一方で、特養としてもこれ以上の医師や看護職員の加配は厳しい状況にあり、現実問題として特養で医療的ニーズに応えられる方法を探れないかという方向で話が進んできました。
医療的ニーズとしては、厚生労働省の実態調査から、服薬管理や経鼻経管栄養・胃ろうによる栄養管理、たん吸引、創傷処置、浣腸、摘便が挙げられました。そのなかで、行為の危険性や夜間に行う頻度など、介護職員と看護職員との連携や役割分担の必要性が考慮され、経管栄養とたん吸引という2つに焦点が絞られました。
経管栄養・たん吸引の中でも、危険性が低い行為(以下)のみを、看護職員と連携した上でできる行為としてモデル事業を実施し、検証が行われました。
(1)たんの吸引:口腔内、咽頭の手前(肉眼で確認できる範囲)まで。
(2)胃ろうによる経管栄養:栄養チューブ等の接続・注入開始を除く。
モデル事業の実際
4月1日の通知では「モデル事業の方式を取り入れることはやむなし」という表現をとっているので、通知本文とは別に、その概要を記しておきたいと思います。
モデル事業は平成21年9月〜12月の間に、41都道府県の125か所の特養で実施されました。実施職員は、看護側が特養での勤務経験年数が通算概ね5年以上の常勤看護師、介護側は施設長、配置医等と相談の上で適切な職員を決定していいこととされました。
しかし、結果的には介護福祉士が87%、通算経験年数が5年以上という人が66.5%でしたので、通知発出後も、介護職員側はある程度の経験をみながら選定していくことが望ましいといえるかもしれません。
なお、サービスに入る前には、看護師への研修(東京で12時間)があり、その後、各施設で連携する介護職員と施設内研修を14時間実施した後、連携によるケアを試行するという手順で行われました。実施にあたっては、入所者の同意を書面で得ています。
●指導する看護職員の研修内容
モデル事業は平成21年9月〜12月の間に、41都道府県の125か所の特養で実施されました。実施職員は、看護側が特養での勤務経験年数が通算概ね5年以上の常勤看護師、介護側は施設長、配置医等と相談の上で適切な職員を決定していいこととされました。
しかし、結果的には介護福祉士が87%、通算経験年数が5年以上という人が66.5%でしたので、通知発出後も、介護職員側はある程度の経験をみながら選定していくことが望ましいといえるかもしれません。
なお、サービスに入る前には、看護師への研修(東京で12時間)があり、その後、各施設で連携する介護職員と施設内研修を14時間実施した後、連携によるケアを試行するという手順で行われました。実施にあたっては、入所者の同意を書面で得ています。
●指導する看護職員の研修内容
モデル事業の結果、ヒヤリハット・アクシデントの報告は「救命救急等の事例は発生しなかった」とあり、また、口腔内のたんの吸引および胃ろうによる経菅栄養が「介護職員が独りでできる」という評価として、研修後2か月が80%以上、研修後3月が90%以上と、月日の経過とともに向上したことが報告されました。
そのほか、モデル事業を契機に看護と介護の関係性が構築できたり、モデル事業以外のケアの連携強化にもつながったという意見も報告され、事業は概ね安全に行えたと評価されました。
同事業の結果をもとに、平成22年3月31日検討会報告書がまとめられ、翌日の通知に至ったのです。
そのほか、モデル事業を契機に看護と介護の関係性が構築できたり、モデル事業以外のケアの連携強化にもつながったという意見も報告され、事業は概ね安全に行えたと評価されました。
同事業の結果をもとに、平成22年3月31日検討会報告書がまとめられ、翌日の通知に至ったのです。
とりまとめ報告
駆け足で検討会の経緯を示しましたが、とりまとめ報告として以下の課題も提示されました。
まず、医行為の概念についてです。今回許容したこれらの行為が、そもそも医行為に当たるのかどうかは、当初から言われていました。検討会以前、在宅のALS患者・障害者へのたん吸引(平成15年、17年)や、特別支援学校における教員によるたん吸引等(平成16年)が検討されており、その際にも同じことが議論されています。医行為とするか、一定の技術は医行為から外すべきかという議論は、なお検討の余地を残しています。
ただし、現状の法律上は、医師法第17条に規定する医行為であると解釈されるので、今回出された通知は、「違法性はあるがやむをえない事由がある」という「違法性阻却」として整理されることになることに注意が必要です(違法性阻却事由として分かりやすい例に、「正当防衛」があります)。
研修に関する体制については、違法性阻却での実施になる関係上、14時間だと合法、13時間だと違法というような設定がなじまないということで、通知状は「モデル事業同等の研修実施が必要である」という記述になっています。しかしこれは、法律上の記述の問題だけで、運用上はモデル事業で行い一定の結果を得た「14時間」相当をかけて研修を行うことが求められています。利用者の安全を考慮すれば、研修に十分の時間をかけるのは当然のことともいえるでしょう。
今回は特養に限って通知が出されましたが、特養には一定の医療的ニーズがあること、嘱託医と看護師の配置基準があって連携がとれる環境にあるという条件のため議論の対象になったと説明されています。グループホームや特定施設については、「常に課題としてあるが、今回は条件の揃う特養に限って議論した結果」と報告書はまとめています。
今回の通知は、現状の医療的ニーズに配慮し、またALS患者への対応等の前例にならった「苦肉の策」ということができます。医療を介護職が行うのかという議論が国から出るほど現場は逼迫しているということを、この通知は改めて教えてくれているのかもしれません。
まず、医行為の概念についてです。今回許容したこれらの行為が、そもそも医行為に当たるのかどうかは、当初から言われていました。検討会以前、在宅のALS患者・障害者へのたん吸引(平成15年、17年)や、特別支援学校における教員によるたん吸引等(平成16年)が検討されており、その際にも同じことが議論されています。医行為とするか、一定の技術は医行為から外すべきかという議論は、なお検討の余地を残しています。
ただし、現状の法律上は、医師法第17条に規定する医行為であると解釈されるので、今回出された通知は、「違法性はあるがやむをえない事由がある」という「違法性阻却」として整理されることになることに注意が必要です(違法性阻却事由として分かりやすい例に、「正当防衛」があります)。
研修に関する体制については、違法性阻却での実施になる関係上、14時間だと合法、13時間だと違法というような設定がなじまないということで、通知状は「モデル事業同等の研修実施が必要である」という記述になっています。しかしこれは、法律上の記述の問題だけで、運用上はモデル事業で行い一定の結果を得た「14時間」相当をかけて研修を行うことが求められています。利用者の安全を考慮すれば、研修に十分の時間をかけるのは当然のことともいえるでしょう。
今回は特養に限って通知が出されましたが、特養には一定の医療的ニーズがあること、嘱託医と看護師の配置基準があって連携がとれる環境にあるという条件のため議論の対象になったと説明されています。グループホームや特定施設については、「常に課題としてあるが、今回は条件の揃う特養に限って議論した結果」と報告書はまとめています。
今回の通知は、現状の医療的ニーズに配慮し、またALS患者への対応等の前例にならった「苦肉の策」ということができます。医療を介護職が行うのかという議論が国から出るほど現場は逼迫しているということを、この通知は改めて教えてくれているのかもしれません。