『選挙』『精神』を通してドキュメンタリー映画の新境地を拓く監督・想田和弘さんの最新作『Peace』は、福祉有償運送を営む想田さんの義父や訪問介護事業所を運営する義母の日常を通して、平和と共存を考える映画です。撮影・編集を通して、福祉という仕事の不条理さを感じた想田監督。介護・福祉専門職の方々にもぜひ本作品を観てほしいという想いを込めて、想田監督の話を2回に分けて紹介します。
Vol.97 介護現場を撮ることで見える、その矛盾と本質
――映画『Peace』公開記念・想田和弘監督インタビュー その1
視点が変われば、町の風景が変わる
―― まず、『Peace』を撮影しようと思ったきっかけについて教えていただけますか。
監督 韓国の非武装地帯ドキュメンタリー映画祭から、平和と共存をテーマとした短篇映画の制作の依頼があったことがきっかけです。当初はテーマがいささか壮大すぎたことに加え、最初にテーマを設けずに映画を作るのが僕のスタイルなので、あまり乗り気ではありませんでした。
しかし、岡山の妻の実家に滞在している際、義父が近所の野良猫に餌を与えている様子を眺めるうちに、「猫の平和と共存をテーマとした作品であれば作れるのではないか」と思い、撮影を始めました。ちょうど「泥棒猫」と呼ばれるアウトサイダーの雄猫が常連の猫グループのエサ場に侵入しようとして、猫社会がギクシャクしている場面に出くわしたからです。撮影が進むにつれて、人間にも興味が湧き、義父や義母の仕事やその利用者との関係まで内容が膨らんでしまいましたが(笑)。
―― 撮影するなかで印象深い光景はありましたか?
監督 今回は高齢者や障害者を撮影する機会が多かったのですが、その合間に街に出てみると、お年寄りや車いすに乗った人、目の見えない人などが非常に目につき、カメラにおさめました。当然彼らは普段から街を歩いているはずですが、自分の視野には入っていなかったんだなと痛感しました。そうすると街が変わって見えますね。
また、撮影中、知的・身体障害のある65歳の植月さんが「僕は『片端(かたわ)』だからお嫁さんが来てくれない」と言い、義父が「そりゃあ、なかなか来てくれまあな」と応える場面に出会いました。僕はそのとき「お義父さん、凄いこと言うなあ」と驚き動揺しましたが、撮影したものを編集中、思い直しました。義父は植月さんと気持ちを共有していて、彼との関係性を構築しているから、そう言えたのではないかと。動揺した僕のほうに、タブーの意識と、その裏返しである差別意識があったようにも思います。
監督 韓国の非武装地帯ドキュメンタリー映画祭から、平和と共存をテーマとした短篇映画の制作の依頼があったことがきっかけです。当初はテーマがいささか壮大すぎたことに加え、最初にテーマを設けずに映画を作るのが僕のスタイルなので、あまり乗り気ではありませんでした。
しかし、岡山の妻の実家に滞在している際、義父が近所の野良猫に餌を与えている様子を眺めるうちに、「猫の平和と共存をテーマとした作品であれば作れるのではないか」と思い、撮影を始めました。ちょうど「泥棒猫」と呼ばれるアウトサイダーの雄猫が常連の猫グループのエサ場に侵入しようとして、猫社会がギクシャクしている場面に出くわしたからです。撮影が進むにつれて、人間にも興味が湧き、義父や義母の仕事やその利用者との関係まで内容が膨らんでしまいましたが(笑)。
―― 撮影するなかで印象深い光景はありましたか?
監督 今回は高齢者や障害者を撮影する機会が多かったのですが、その合間に街に出てみると、お年寄りや車いすに乗った人、目の見えない人などが非常に目につき、カメラにおさめました。当然彼らは普段から街を歩いているはずですが、自分の視野には入っていなかったんだなと痛感しました。そうすると街が変わって見えますね。
また、撮影中、知的・身体障害のある65歳の植月さんが「僕は『片端(かたわ)』だからお嫁さんが来てくれない」と言い、義父が「そりゃあ、なかなか来てくれまあな」と応える場面に出会いました。僕はそのとき「お義父さん、凄いこと言うなあ」と驚き動揺しましたが、撮影したものを編集中、思い直しました。義父は植月さんと気持ちを共有していて、彼との関係性を構築しているから、そう言えたのではないかと。動揺した僕のほうに、タブーの意識と、その裏返しである差別意識があったようにも思います。
監督 「片端」だけでなく、障害の「害」をひらがなで表記するなど、今日では読み替えがなされていますね。基本的に差別をなくそうと読み替えるのだと思いますが、同時に、植月さんが「自分は片端だから嫁がもらえない」とおっしゃったのは、きっとそのように彼が言われ続けてきた歴史があり、自らに向けられた差別意識が植月さんの中で今でも生きているからではないかとも僕は想像します。
そういう現実をそのままにして、読み替えだけをしてしまうと、見たくない現実を覆い隠す危険もあるわけです。だから、「差別用語だからカットしたほうがいいかな?」という考えが一瞬だけ頭をよぎりましたが、僕はそのまま映画に残すことにしました。
イメージを限定しない「Peace」
―― 完成した作品としての感想はいかがですか。
監督 意外とすんなりと出来てしまったので、本当に自分の作った映画なのかなという感じがして(笑)、最初はあまりピンときませんでした。しかしジワジワと愛着が湧いてきて、好き嫌いでいえば、今ではこれまで製作した3作品の中でも一番好きかもしれません。
―― 映画のタイトル「Peace」は平和を意味しますが、このタイトルにした理由は?
監督 実は、当初は「共生」、編集中には「平和と共存」と呼んでいました。最終的に出来た作品を知人に観てもらったら「『ピース』がいいんじゃないの?」と言われ、「あっ、いいな」と決めました。
―― 作品に出てくる人物(橋本さん)が吸っている煙草の銘柄が「Peace」だったことも関係していますか?
監督 大いに関係しますね(笑)。「平和と共存」はちょっと説明的で、イメージが限定されるかもしれないなあと思いました。反対に「Peace」はシンプルの極地で意味が広いので、観る人のイメージも広がりますよね。
―― どのような人に観てもらいたいですか。
監督 いろんな人に観てほしいんですが、作っているときは「こういう観客層に観てほしい」ということは意識しないようにしています。あえていえば自分自身を観客に設定し、自分にとって面白いかどうかだけを基準に作ります。これは何も「自分が正しい」と思っているからではなく、観客がどう反応するのか、僕には分からないからなんです。
たとえば今回は福祉有償運送が出てくるので、「介護に携わる人がこの映画を観てどう感じるか」なんていうことはつい考えてしまうわけですが、実際には、介護者の反応を僕が勝手に想像しても、たぶん間違っていると思うんですよね。介護者によっても感じ方は違うでしょうし。カミさんですら、僕が想像もつかないような意外な反応をしたりするので(笑)、会ったこともない観客の反応を正確に予想できるはずがありません。
監督 意外とすんなりと出来てしまったので、本当に自分の作った映画なのかなという感じがして(笑)、最初はあまりピンときませんでした。しかしジワジワと愛着が湧いてきて、好き嫌いでいえば、今ではこれまで製作した3作品の中でも一番好きかもしれません。
―― 映画のタイトル「Peace」は平和を意味しますが、このタイトルにした理由は?
監督 実は、当初は「共生」、編集中には「平和と共存」と呼んでいました。最終的に出来た作品を知人に観てもらったら「『ピース』がいいんじゃないの?」と言われ、「あっ、いいな」と決めました。
―― 作品に出てくる人物(橋本さん)が吸っている煙草の銘柄が「Peace」だったことも関係していますか?
監督 大いに関係しますね(笑)。「平和と共存」はちょっと説明的で、イメージが限定されるかもしれないなあと思いました。反対に「Peace」はシンプルの極地で意味が広いので、観る人のイメージも広がりますよね。
―― どのような人に観てもらいたいですか。
監督 いろんな人に観てほしいんですが、作っているときは「こういう観客層に観てほしい」ということは意識しないようにしています。あえていえば自分自身を観客に設定し、自分にとって面白いかどうかだけを基準に作ります。これは何も「自分が正しい」と思っているからではなく、観客がどう反応するのか、僕には分からないからなんです。
たとえば今回は福祉有償運送が出てくるので、「介護に携わる人がこの映画を観てどう感じるか」なんていうことはつい考えてしまうわけですが、実際には、介護者の反応を僕が勝手に想像しても、たぶん間違っていると思うんですよね。介護者によっても感じ方は違うでしょうし。カミさんですら、僕が想像もつかないような意外な反応をしたりするので(笑)、会ったこともない観客の反応を正確に予想できるはずがありません。
現実に想像力が及ばない「概念」
―― 福祉有償運送を取り上げたことで福祉・介護の世界に触れたと思いますが、外からみたこの世界はどのような景色でしたか?
監督 「精神」を撮影しているときから、義父や義母の仕事は垣間見ていたので、「ああ、こういう人生もあるんだなあ」と視野には入っていました。同時に、介護の仕事はものすごく重要で必要な仕事なのに、陽が当たらないというか、過小評価されている感じがしました。特に報酬や待遇の面で。
例えば、義母の訪問介護事業所で働いているヘルパーさんの多くは年金暮らしなんですね。働き盛りで子どものいる人が給与だけで暮らしていくのは難しいので、年金という別の収入がある人でないと継続しにくいわけです。こんな状況でこの先どうなるのかなあと以前から疑問に感じ、機会があれば福祉の現場に改めてカメラを向けてみたいと思っていました。だから今回、猫から始まり、義父や義母の仕事に自然にカメラの射程が広がっていった感があります。
―― 映画の中では、お母さんが報酬について不満を漏らすシーンもあります。
監督 そのシーンでは偶然、首相になったばかりの鳩山さんが「福祉制度の充実」を説く国会演説をしているのがラジオから聞こえてくるわけですけど、福祉について概念として議論している政治家の人たちは、義母が訪問介護中、駐車料金がかさむことや、1時間と制度で決められている支援に実際には2時間も3時間もかかってしまうことなど、想像力が及びにくい。国の議論と現場の実情に、埋めがたい断絶があることを感じました。きっと、現場から意見を吸い上げて制度を作るのではなく、制度を作ってそれに現場を合わさせようとしているからでしょう。やり方があべこべなんですよ。
今回は映画の制作に関するエピソードを中心にお伝えしました。次回のキャッチ・アップでは、想田監督の提唱・実践する「観察映画」という手法を通して、現在の日本、さらには介護業界を考えます。
※福祉有償運送…改正道路運送法(平成18年10月)により制度上位置づけられた、NPO法人などによるボランティア有償運送。
監督 「精神」を撮影しているときから、義父や義母の仕事は垣間見ていたので、「ああ、こういう人生もあるんだなあ」と視野には入っていました。同時に、介護の仕事はものすごく重要で必要な仕事なのに、陽が当たらないというか、過小評価されている感じがしました。特に報酬や待遇の面で。
例えば、義母の訪問介護事業所で働いているヘルパーさんの多くは年金暮らしなんですね。働き盛りで子どものいる人が給与だけで暮らしていくのは難しいので、年金という別の収入がある人でないと継続しにくいわけです。こんな状況でこの先どうなるのかなあと以前から疑問に感じ、機会があれば福祉の現場に改めてカメラを向けてみたいと思っていました。だから今回、猫から始まり、義父や義母の仕事に自然にカメラの射程が広がっていった感があります。
―― 映画の中では、お母さんが報酬について不満を漏らすシーンもあります。
監督 そのシーンでは偶然、首相になったばかりの鳩山さんが「福祉制度の充実」を説く国会演説をしているのがラジオから聞こえてくるわけですけど、福祉について概念として議論している政治家の人たちは、義母が訪問介護中、駐車料金がかさむことや、1時間と制度で決められている支援に実際には2時間も3時間もかかってしまうことなど、想像力が及びにくい。国の議論と現場の実情に、埋めがたい断絶があることを感じました。きっと、現場から意見を吸い上げて制度を作るのではなく、制度を作ってそれに現場を合わさせようとしているからでしょう。やり方があべこべなんですよ。
今回は映画の制作に関するエピソードを中心にお伝えしました。次回のキャッチ・アップでは、想田監督の提唱・実践する「観察映画」という手法を通して、現在の日本、さらには介護業界を考えます。
※福祉有償運送…改正道路運送法(平成18年10月)により制度上位置づけられた、NPO法人などによるボランティア有償運送。
想田和弘(そうだ かずひろ) 栃木県足利市生まれ。東大文学部、SVA映画学科卒業。1993年からニューヨーク在住。「観察映画」を提唱・実践。『選挙』(07年)は世界200か国近くでテレビ放映され、米国ピーボディ賞を受賞。『精神』(08年)は釜山国際映画祭・ドバイ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を獲得。著書に『精神病とモザイク』(中央法規出版)。また、『Peace』のメイキングを通じた観察映画論『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか(仮)』(講談社現代新書)を7月15日に刊行予定。 |
『Peace』 (c)2010 Laboratory X, Inc. 舞台は岡山県岡山市。そこで暮らす人々や猫たちの何気ない日常をつぶさに観察しながら、平和とは、共存とは、そしてそれらの条件とは何か、観客に問いかける観察ドキュメンタリー。 ※7月16日(土)より、シアターイメージフォーラムにてロードショーほか全国順次公開。 映画公式HP→http://peace-movie.com/ |