第39回 山と寺社(上)
山と信仰と登山と
「六根清浄(ろっこんしょうじょう) お山は晴天」――今も長野、岐阜両県にまたがる御岳(嶽)山(標高3067メートル)などの霊山を登る道すがら、白装束の姿で山頂をめざす信者の一行を見かける光景が見られますが、これがわが国に古くから伝わっている山岳信仰の一コマです。
なぜ、日本人はそれほどまでに山を崇拝するようになったのでしょうか。
その理由はいつくかあるでしょう。まずは、国土の全体の8割が山からなっているほか、山の気高さや神々しさに対し、人々は人知を超えた畏怖の念を抱き、崇拝することになったからでしょう。
山岳信仰の歴史をひもとけば、原始時代へさかのぼります。山は、天空に宿っている多くの神霊が地上に舞い降りてくる聖地とされました。そこで、山麓に里宮、山頂に奥宮を設けて神霊を迎え、祭祀を営むようになりました。
中世に入ると、仏教の普及とともに山は修行僧(修験者)の霊場と化し、神仏習合を演ずることになりました。その後、室町から江戸時代にかけ、幕府や各藩は、敵陣に対する防衛、あるいは居城や屋敷などの資材や食料などの調達に力を入れるため、見廻り(巡視)を強めました。また、このような山の風情は文人墨客にも愛され、数々の名作や名画を生みました。
しかし、明治維新を迎えると政府は神仏分離を命じました。それまで各地の山に祭られていた阿弥陀(仏)如来や釈迦如来、薬師如来、大日如来、各種大菩薩などの仏像が麓の寺院に下ろされ、廃仏毀釈とされました。
一方、イギリス人宣教師、W.ウェストンや冶金(やきん)技師、W.ガウラントがわが国にスポーツ登山を紹介しました。それ以後、山はアルピニズム、さらに、戦後のレジャーブームに乗って観光の対象となっていったのです。
インドや中国のチベット自治区などの一部の山も宗教上、聖地とされ、山頂を踏むことがタブーとされているところもないわけではありませんが、わが国ほど山岳信仰が盛んな国はないでしょう。
なぜ、日本人はそれほどまでに山を崇拝するようになったのでしょうか。
その理由はいつくかあるでしょう。まずは、国土の全体の8割が山からなっているほか、山の気高さや神々しさに対し、人々は人知を超えた畏怖の念を抱き、崇拝することになったからでしょう。
山岳信仰の歴史をひもとけば、原始時代へさかのぼります。山は、天空に宿っている多くの神霊が地上に舞い降りてくる聖地とされました。そこで、山麓に里宮、山頂に奥宮を設けて神霊を迎え、祭祀を営むようになりました。
中世に入ると、仏教の普及とともに山は修行僧(修験者)の霊場と化し、神仏習合を演ずることになりました。その後、室町から江戸時代にかけ、幕府や各藩は、敵陣に対する防衛、あるいは居城や屋敷などの資材や食料などの調達に力を入れるため、見廻り(巡視)を強めました。また、このような山の風情は文人墨客にも愛され、数々の名作や名画を生みました。
しかし、明治維新を迎えると政府は神仏分離を命じました。それまで各地の山に祭られていた阿弥陀(仏)如来や釈迦如来、薬師如来、大日如来、各種大菩薩などの仏像が麓の寺院に下ろされ、廃仏毀釈とされました。
一方、イギリス人宣教師、W.ウェストンや冶金(やきん)技師、W.ガウラントがわが国にスポーツ登山を紹介しました。それ以後、山はアルピニズム、さらに、戦後のレジャーブームに乗って観光の対象となっていったのです。
インドや中国のチベット自治区などの一部の山も宗教上、聖地とされ、山頂を踏むことがタブーとされているところもないわけではありませんが、わが国ほど山岳信仰が盛んな国はないでしょう。
日本三名山と日本三霊山
ところで、日本三名山と日本三霊山の違いをご存知でしょうか。
まず日本三名山は、静岡、山梨両県境の富士山(3776メートル)、石川・福井・岐阜三県境の白山(2702メートル)、富山県の立山(雄山(おやま);3003メートル)の三つをいいます。いずれも、山頂に富士山本宮浅間大社、白山(しらやま)ひめ神社の奥宮、雄山(おやま)神社の峰本社が鎮座しています。
これに対し、日本三霊山は、富士山、白山、御岳山の三つをいい、御岳山の山頂にも御岳神社があります。いずれも、古来、山岳信仰の対象とされた高い山です。なかでも、わが国最高峰で、世界に数ある山の中でも独立峰の美しい円錐形の富士山は、『万葉集』に「天地(あめつち)の 分(わか)れし時ゆ 神さびて 高く貴(たつと)き…」(山部赤人)などと詠まれたように、昔も今も多くの人々の信仰や登山、観光のシンボルとされています。
とくに江戸時代は庶民の間で富士講がブームを呼び、「江戸八百八講」といわれました。都内の至るところにある人工の富士塚や、全国各地にある「○○富士」という名のふるさとの富士はその名残です。
また、このような高い山でなくでも、たとえば京都府と滋賀県の境にたたずみ、かつて親鸞聖人が登拝した比叡山(848メートル)、和歌山県の高野山(1000メートル)はともに低い山ですが、由緒ある仏教寺院を抱える霊山として知られています。
まず日本三名山は、静岡、山梨両県境の富士山(3776メートル)、石川・福井・岐阜三県境の白山(2702メートル)、富山県の立山(雄山(おやま);3003メートル)の三つをいいます。いずれも、山頂に富士山本宮浅間大社、白山(しらやま)ひめ神社の奥宮、雄山(おやま)神社の峰本社が鎮座しています。
これに対し、日本三霊山は、富士山、白山、御岳山の三つをいい、御岳山の山頂にも御岳神社があります。いずれも、古来、山岳信仰の対象とされた高い山です。なかでも、わが国最高峰で、世界に数ある山の中でも独立峰の美しい円錐形の富士山は、『万葉集』に「天地(あめつち)の 分(わか)れし時ゆ 神さびて 高く貴(たつと)き…」(山部赤人)などと詠まれたように、昔も今も多くの人々の信仰や登山、観光のシンボルとされています。
とくに江戸時代は庶民の間で富士講がブームを呼び、「江戸八百八講」といわれました。都内の至るところにある人工の富士塚や、全国各地にある「○○富士」という名のふるさとの富士はその名残です。
また、このような高い山でなくでも、たとえば京都府と滋賀県の境にたたずみ、かつて親鸞聖人が登拝した比叡山(848メートル)、和歌山県の高野山(1000メートル)はともに低い山ですが、由緒ある仏教寺院を抱える霊山として知られています。