第15回 認知症の人とのかかわり方のヒント(5)−その人のためにつく嘘について
本人の気持ちを考えるか、家族の負担を軽くするか
だれでも大切な人の前では嘘をつきたくありません。でも、その人のことを思えばこそ、時には嘘をつかなければならないこともあります。認知症になった親のことを思うがゆえに、あえて本当のことを言わずに見守らなければならないことも……。
認知症という病気の特徴を考えると、過去のことを忘れるだけならともかく、精神面の症状が出るために、事実とは異なる思い込みが続く時があります。いつも身近でケアしている家族に対して、より強く疑いの気持ちが向けられると、介護家族は精神的に疲れ果てます。
でも、世間では簡単に「認知症の人の『勘違い』には話を合わせてあげましょう」と言います。その人が傷つかないように配慮するからこそ、あえて真実を伏せて、その人の世界を大切にして話を合わせてあげることも大切ですから。さて困りました。本人の気持ちを考えるのか、家族の負担を軽くするのか……。
認知症という病気の特徴を考えると、過去のことを忘れるだけならともかく、精神面の症状が出るために、事実とは異なる思い込みが続く時があります。いつも身近でケアしている家族に対して、より強く疑いの気持ちが向けられると、介護家族は精神的に疲れ果てます。
でも、世間では簡単に「認知症の人の『勘違い』には話を合わせてあげましょう」と言います。その人が傷つかないように配慮するからこそ、あえて真実を伏せて、その人の世界を大切にして話を合わせてあげることも大切ですから。さて困りました。本人の気持ちを考えるのか、家族の負担を軽くするのか……。
寄り添う気持ちがあるからこその「嘘」
私は時に家族から次のように質問されることがあります。
「先生、本人の言葉を遮らないように、本人の世界に合わせるように、家族は嘘をつかなければならないのでしょうか」
かつて「認知症の人は事実を忘れてしまうのだから、嘘をついて話を合わせているほうが、事実をはっきりさせるよりも話がややこしくなくて良い」などと説明する人もいました。でも、そのような解釈は本人の気持ちを考えていないだけでなく、その人の心を大事に思うがゆえに悩んでいる家族にとって、やや乱暴な解釈でしょう。
「あり得ないこと」を信じている認知症の人に、本当なら真実を伝えてあげたいはずです。すでに亡くなった人を探す認知症の人に対しても、真実を告げてその人が安心するなら、事実を明らかにするはずです。でも、事実を明らかにして、あるいはその人の考えが「思い込み」であることを告げることで、その人が混乱するのを避けるために、あえて介護家族は話を合わせます。
そんな時、その「嘘」は文字通りのウソではありません。少しでも良い状態を願う家族がその言葉の中に「祈り」を込めていることを私は知っています。もちろん、認知症の人にも真実を知る権利があります。何も知らずに過ごすのが幸せと言っているのではありません。
でも、その人の世界を大切にして、寄り添う気持ちがその言葉につながり、結果的にその人の混乱を防ぐとすれば、家族は自分の身を削りながら、その人への愛情を確かめ、深めていくのです。
次回は「暴力的な面が出た時」について考えましょう。
「先生、本人の言葉を遮らないように、本人の世界に合わせるように、家族は嘘をつかなければならないのでしょうか」
かつて「認知症の人は事実を忘れてしまうのだから、嘘をついて話を合わせているほうが、事実をはっきりさせるよりも話がややこしくなくて良い」などと説明する人もいました。でも、そのような解釈は本人の気持ちを考えていないだけでなく、その人の心を大事に思うがゆえに悩んでいる家族にとって、やや乱暴な解釈でしょう。
「あり得ないこと」を信じている認知症の人に、本当なら真実を伝えてあげたいはずです。すでに亡くなった人を探す認知症の人に対しても、真実を告げてその人が安心するなら、事実を明らかにするはずです。でも、事実を明らかにして、あるいはその人の考えが「思い込み」であることを告げることで、その人が混乱するのを避けるために、あえて介護家族は話を合わせます。
そんな時、その「嘘」は文字通りのウソではありません。少しでも良い状態を願う家族がその言葉の中に「祈り」を込めていることを私は知っています。もちろん、認知症の人にも真実を知る権利があります。何も知らずに過ごすのが幸せと言っているのではありません。
でも、その人の世界を大切にして、寄り添う気持ちがその言葉につながり、結果的にその人の混乱を防ぐとすれば、家族は自分の身を削りながら、その人への愛情を確かめ、深めていくのです。
次回は「暴力的な面が出た時」について考えましょう。