癌だましい
いまは誰もいなくなってしまった生家で一人暮らしをしている主人公の麻美は45歳、独身。職業は介護士。45歳にして初めてかかった病気が食道癌で、発見時にはすでにステージIVでした。
動くのもやっと、食べ物を飲み込むことさえできなくなってからも、一切の治療を受けず、誰に頼ることもなく、人生の最期ただひたすらに食欲に執着します。その様は異様でありながらも、読み手を圧倒します。雨漏りさえ修理していない家屋、洗濯されない衣類、嚥下できない食べ物の様など、本来なら目を覆いたくなるはずの描写ですが、冷静でありながらも生々しく躍動する筆致が、人間の根底にある力強さをみせつけていきます。
同収載の「癌ふるい」は、食道癌ステージIVと診断された千波が、癌の報告と、治療は受けないで、身辺整理に努める旨のメールを、知り合い100人に一斉送信したところから始まります。返事がきたのは、友人、同僚、姪っ子、不仲な義理の姉、別れた亭主。それぞれの返信を、採点しながら読み進めていくのですが…。
この「癌ふるい」脱稿後、著者は食道癌で亡くなりました。最後まで癌を客観視し、冷静さを失わないことに驚愕するばかりですが、ご本人には、渾身の作品を世に送り出す満足感があったに違いありません。ご冥福をお祈りいたします。
(byまめたま)