昔日の客
東京大森で古本屋を営んでいた著者が、尾崎一雄や上林暁などの著名な作家との交遊や、古本屋での日々を描いた一冊。
現在、多くの新刊本が世に出ていますが、最近は買おうかなと思ったその日に買っておかないと、次の機会にはもう店頭から消えていて、あの時買っておけばよかった、なんて後悔することがよくあります。そんな本を古本屋の店頭で見つけると、予期せぬ再会に喜び、思わず買ってしまいます。古本屋が新刊書店と異なるのは、その店にあるその一冊というのは唯一のものであるということ。そのぶん、古本屋にとってはその一冊にいろいろな思い出があったりするのでしょう。
本書の中でも数多くのエピソードが語られています。そんな劇的な物語があるわけではありません。ただただ、なつかしく、味わい深い、心に沁み入るような記憶が、淡々と語られていきます。
特におすすめなのが「スワンの娘」という一作。人は長い年月生きていると、それまで忘れていたことを、ふとしたことをきっかけに、突然思い出すことがあります。その眠っていた記憶のなかにあるのが「淡い恋心」であったなら、その記憶はなおさら鮮やかに、美しく蘇ってくるのではないでしょうか。この作品を読んで、時代は違えども、私も小学校低学年のころの初恋を思い出してしまいました。
毎日暑い日が続きますが、この本を読んで心を涼しくしていただきたい、そんな一冊です。
(by うしお)