是枝さんは、特別養護老人ホーム「福音の家」勤務を経て、大妻女子大学で介護福祉学の教鞭をとってこられました。東京都介護福祉士会会長を長く務めるなど、介護の世界にはとても造詣が深い方です。
せっかく介護の仕事に就いたのにもかかわらず、辞めてしまう人が多いと聞きます。「もう辞めてしまおうか」などとお考えの人もいらっしゃるのではないでしょうか。
そうした人に向けて、是枝さんには、介護に関するコメントとともに、介護の仕事の素晴らしさが実感できるような、さまざまなエピソードをご紹介いただきます。
是枝さんご自身も、決してこの仕事が楽しくて楽しくて仕方がないということばかりではなかったとおっしゃいます。ご自身の経験も踏まえながら、そんな悩みに対して、一緒に考えていっていただきましょう。
せっかく介護の仕事に就いたのにもかかわらず、辞めてしまう人が多いと聞きます。「もう辞めてしまおうか」などとお考えの人もいらっしゃるのではないでしょうか。
そうした人に向けて、是枝さんには、介護に関するコメントとともに、介護の仕事の素晴らしさが実感できるような、さまざまなエピソードをご紹介いただきます。
是枝さんご自身も、決してこの仕事が楽しくて楽しくて仕方がないということばかりではなかったとおっしゃいます。ご自身の経験も踏まえながら、そんな悩みに対して、一緒に考えていっていただきましょう。
第3回 祈りは人のためにするんだよ
ケアは心を支える仕事
「介護職員になりたい」と思って介護の仕事を選んだ人は、「おむつ交換(という作業)をしたい」と思ったわけではありません。「人の役に立ちたい、心を支えたい」と思ってこの仕事に飛び込んだはずです。
ケアの仕事は、「ケアを必要とする人の生活を支える」ことではありません。
「ケアを必要とする人の心を支える」ことです。この違いを考えながら仕事をすると、ケアの仕事はすばらしい仕事だと思います。それは、あなたがこの仕事を選んだときの意思です。でも、悩みも深まるんですよね。
ケアの仕事は、「ケアを必要とする人の生活を支える」ことではありません。
「ケアを必要とする人の心を支える」ことです。この違いを考えながら仕事をすると、ケアの仕事はすばらしい仕事だと思います。それは、あなたがこの仕事を選んだときの意思です。でも、悩みも深まるんですよね。
亡くなる直前の祈り(川田さん3)
川田さんは、末期の肝臓がんで亡くなりました。お酒も好きでしたが、人とお話をされるのが好きな人でした。月1度の居酒屋のほか、月2回、特養の中でボランティアが運営する喫茶店にも亡くなる間際まで通われました。
がんの末期になり、「最期はここで過ごしたい」と希望されたとき、「いよいよのときは、これをかけてね」と、好きな賛美歌曲が入ったCDを私たちに預けました。
川田さんの奥さんは15年前に他界し、長男夫婦は共働きで介護ができないため、私たちの特養に入所しました。入居からずっと4人部屋で、入り口手前側が川田さんの生活拠点でした。
看取りということになると、介護職員や医師、看護師などの出入りが多くなりますし、夜中に症状の急変があるなど、いろいろな可能性があるので、個室を用意しました。でも、川田さんは同じ場所がいいといいます。同室者も「一緒がいい」といってくれました。
私たちは、動きやすいように、川田さんのベッドの下にあるものを片付け、看取りの準備に入りました。壁のキリストの絵も寝たままで見やすい位置に移しました。CDは、いつでも自分で聴けるように、川田さん、ボランティア、職員が話し合いながら枕元にセットしました。
医師は、「これから痛みが増してくる」といいます。私たちも覚悟を決めました。夜中に急変したらどうするか、いつどんな症状が出るのか、医師から詳しく聴き取りました。
こういうときは心配性の人ほど勉強家になります。医師に根ほり葉ほり聞いて一生懸命メモをとります。でも、私みたいな無精者も何人かいて、ひととおり医師から対応方法を聞いたら、あとは野となれ山となれ、内心はともかく、外見は泰然自若です。
ただ川田さんは我慢強い人で、「痛い」といわないのは、ちょっとやっかいでした。「痛い」といってくれたら、私たちなりに対処の方法もあるのですが、何もいわない。医師が川田さんの顔色をうかがいながら痛みのコントロールを行っていました。
がん末期といっても、日中気分の良いときは、職員、ボランティアが付き添い、施設の庭や近所を、杖をつきながら散歩しました。教会の礼拝にもぎりぎりまで欠かさず行きましたし、施設の行事にも参加しました。
徐々に心身状態の低下が見られましたが、笑ったり、おしゃべりしていましたから、精神的には充実していたと思います。もちろん淋しい思いも深くあったと思いますが、私たちは自然にふつうに向き合い、ふだん通りのおしゃべりをしました。
居酒屋ではノンアルコールやジュース、好きな焼き鳥をゆっくり食べながら、ボランティアなどと談笑し、居酒屋の開店から閉店までずっと坐っていました。そのあと、ボランティアが居室まで送り、居室でまたボランティアと話し込んでいました。ボランティアにも感謝ですが、ボランティアもまた、私たち同様に多くを学んだと思います。
もう最期かなと思ったころ、私たちは、預かっていたCDをかけました。人間の最期ってわかるものです。川田さんも納得していたのでしょうね。うなずいて、笑顔になりました。ベッドまわりには、家族、ボランティア、介護職員が囲んでいました。かなり痛みがある様子ですが、目をつぶってジィーッとこらえています。
「痛みますか」
「ううーん、痛くない、(あれに)比べたら、痛みなんて」といって、キリストのはりつけの絵を指します。
手を合わせて祈っているようなので、「何を祈っているの?」と聞くと、「みなさんが元気で楽しく働けるように」と答えました。
「こんなとき、人のために祈るの?」と誰かが聞くと、かすれた声で、手を振りながら、
「祈りは人のためにするんだよ」
ここにいるみんなが「川田さんみたいに死にたい」と心の中で思ったけれど、きっと、大声でうめきながら、いっぱいいっぱい後悔しながら死んでいくんでしょうね。それもいいし、川田さん流も悪くない。
人間ってすばらしいな、と思います。
がんの末期になり、「最期はここで過ごしたい」と希望されたとき、「いよいよのときは、これをかけてね」と、好きな賛美歌曲が入ったCDを私たちに預けました。
川田さんの奥さんは15年前に他界し、長男夫婦は共働きで介護ができないため、私たちの特養に入所しました。入居からずっと4人部屋で、入り口手前側が川田さんの生活拠点でした。
看取りということになると、介護職員や医師、看護師などの出入りが多くなりますし、夜中に症状の急変があるなど、いろいろな可能性があるので、個室を用意しました。でも、川田さんは同じ場所がいいといいます。同室者も「一緒がいい」といってくれました。
私たちは、動きやすいように、川田さんのベッドの下にあるものを片付け、看取りの準備に入りました。壁のキリストの絵も寝たままで見やすい位置に移しました。CDは、いつでも自分で聴けるように、川田さん、ボランティア、職員が話し合いながら枕元にセットしました。
医師は、「これから痛みが増してくる」といいます。私たちも覚悟を決めました。夜中に急変したらどうするか、いつどんな症状が出るのか、医師から詳しく聴き取りました。
こういうときは心配性の人ほど勉強家になります。医師に根ほり葉ほり聞いて一生懸命メモをとります。でも、私みたいな無精者も何人かいて、ひととおり医師から対応方法を聞いたら、あとは野となれ山となれ、内心はともかく、外見は泰然自若です。
ただ川田さんは我慢強い人で、「痛い」といわないのは、ちょっとやっかいでした。「痛い」といってくれたら、私たちなりに対処の方法もあるのですが、何もいわない。医師が川田さんの顔色をうかがいながら痛みのコントロールを行っていました。
がん末期といっても、日中気分の良いときは、職員、ボランティアが付き添い、施設の庭や近所を、杖をつきながら散歩しました。教会の礼拝にもぎりぎりまで欠かさず行きましたし、施設の行事にも参加しました。
徐々に心身状態の低下が見られましたが、笑ったり、おしゃべりしていましたから、精神的には充実していたと思います。もちろん淋しい思いも深くあったと思いますが、私たちは自然にふつうに向き合い、ふだん通りのおしゃべりをしました。
居酒屋ではノンアルコールやジュース、好きな焼き鳥をゆっくり食べながら、ボランティアなどと談笑し、居酒屋の開店から閉店までずっと坐っていました。そのあと、ボランティアが居室まで送り、居室でまたボランティアと話し込んでいました。ボランティアにも感謝ですが、ボランティアもまた、私たち同様に多くを学んだと思います。
もう最期かなと思ったころ、私たちは、預かっていたCDをかけました。人間の最期ってわかるものです。川田さんも納得していたのでしょうね。うなずいて、笑顔になりました。ベッドまわりには、家族、ボランティア、介護職員が囲んでいました。かなり痛みがある様子ですが、目をつぶってジィーッとこらえています。
「痛みますか」
「ううーん、痛くない、(あれに)比べたら、痛みなんて」といって、キリストのはりつけの絵を指します。
手を合わせて祈っているようなので、「何を祈っているの?」と聞くと、「みなさんが元気で楽しく働けるように」と答えました。
「こんなとき、人のために祈るの?」と誰かが聞くと、かすれた声で、手を振りながら、
「祈りは人のためにするんだよ」
ここにいるみんなが「川田さんみたいに死にたい」と心の中で思ったけれど、きっと、大声でうめきながら、いっぱいいっぱい後悔しながら死んでいくんでしょうね。それもいいし、川田さん流も悪くない。
人間ってすばらしいな、と思います。