第12回 つやのある人生を生き抜いてみせよう
つやのある生き方とは
数年前に訪れた相田みつを美術館で心に刻み込まれた言葉に「麗老」がある。
美意識をもって格好よく老いることを教えられたようだ。どう生きればそれが可能になるのだろうか。筆者の場合“役者人生”を意識している。歌舞伎の名優だった先代中村勘三郎は、人間につやがあって亡くなる直前まで若々しかったが、その理由は「役者らしくひたむきに生き抜いた」ことにあった。
美意識をもって格好よく老いることを教えられたようだ。どう生きればそれが可能になるのだろうか。筆者の場合“役者人生”を意識している。歌舞伎の名優だった先代中村勘三郎は、人間につやがあって亡くなる直前まで若々しかったが、その理由は「役者らしくひたむきに生き抜いた」ことにあった。
あなたらしく人生舞台を演じよう
役者には定年がない。が、加齢や体力の衰えなど自然の成り行きで二枚目から三枚目へと、ピークからの下り道を息切れもせずにうまく道のりを歩む役者の知恵は、存在感を求めるあなたにも生かすことができるはずだ。
折々の人生舞台で与えられた役を、あなたらしく見事に演じきってみせるのだ。同時に、あなたの生きざまにすばらしい価値(つや)を生み出し持続させていくには、できるだけ早い時期に「心の花」のタネまきをしておくことである。そうでないと人生後半がたいへん厳しいものになってしまう。
折々の人生舞台で与えられた役を、あなたらしく見事に演じきってみせるのだ。同時に、あなたの生きざまにすばらしい価値(つや)を生み出し持続させていくには、できるだけ早い時期に「心の花」のタネまきをしておくことである。そうでないと人生後半がたいへん厳しいものになってしまう。
心の花のタネまきが心の支えに
時間的余裕ができたからと思いつくままに何かをやりだしても、たいてい心の満足感がなく長続きしない。惰性で過ごす人生には「張り合い」という心の花が咲かないからだ。だから、今から“次の一手”として土を耕しタネをまいておこう。植物の花は時の流れとともにしおれ枯れてしまうが、人が育む心の花は、みずから仕掛けて演出工夫することで、その人の生あるかぎり花を咲かせつづけられる。
そのタネは、童心に返れば誰もが得られる。童心とは「里に立つ心」と解いて、心の故郷に還ることをいう。若いころに時間を忘れるほど夢中になれたもの、長い間心の奥底に眠らせておいたもの、そうしたとっておきのものをあらためて掘り出して再燃させるのだ。十年間継続して実践していけば、タネは結実して人生の本業といえるものが身につくことだろう。そうなれば、人生を自分流に主体的に生き抜く心の支えになっていく。
そのタネは、童心に返れば誰もが得られる。童心とは「里に立つ心」と解いて、心の故郷に還ることをいう。若いころに時間を忘れるほど夢中になれたもの、長い間心の奥底に眠らせておいたもの、そうしたとっておきのものをあらためて掘り出して再燃させるのだ。十年間継続して実践していけば、タネは結実して人生の本業といえるものが身につくことだろう。そうなれば、人生を自分流に主体的に生き抜く心の支えになっていく。
遅すぎることはなにもない
定年後の人生を思い案ずるようになったらすぐさま、このような人生の本業を育み、現在の本業であるビジネスと並行させて、二つの本業をもちながら生きる、そんな「二本人」であるように心がけていけば、定年を迎えた際次なる人生舞台への軟着陸がスムーズにいくだろう。すでに現役を離れているならば、いまうずいていることに着手してみる。
“NEVER TOO LATE(遅すぎることは何もない)”
なにかの宿題をもって生き抜くことは快い緊張感が得られて、つやのある人生を期待できよう。
“NEVER TOO LATE(遅すぎることは何もない)”
なにかの宿題をもって生き抜くことは快い緊張感が得られて、つやのある人生を期待できよう。
- 新刊情報
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青木匡光先生の新刊が刊行されました。
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