現場の「迷い」を断ち切る!障害福祉サービス支給決定・実務の「急所」 第14回連載 事例検討~あなたならどう判断しますか?(問いかけ)~

2026/09/30

著者
小川 幹夫(おがわ みきお)


自治体職員。都内自治体にて、10年にわたり障害福祉サービスの支給決定・支給量算定実務に従事。現場での豊富な経験に基づき、制度の「建前」と運用の「実態」をひも解く視点を持つ。司法書士有資格者として、行政法および障害福祉制度の高度な法的思考(リーガルマインド)に基づいた実務解説を得意とする。東京都身体障害者福祉司会元会長。


 

 前回までで、障害福祉サービスの支給決定に関して、基本的な流れや実務上の主要な論点を整理してきました。

 

 オーラスとなる今回は「事例検討」です。
 読者の皆様ご自身が支給決定事務の担当者になったつもりで、以下の事例についてどのように判断すべきか、ぜひ一緒に考えてみてください


事例の概要

 71歳の男性Aさんは、数年前に神経難病を発症し、現在は寝たきりの状態です。気管切開を行い、人工呼吸器を装着して生活しています。
 Aさんは、介護保険では「要介護5」の認定を受け、身体障害者手帳(肢体不自由1級)も交付されています。

 

 日常生活の大半は妻のBさんが介護していますが、Bさん自身も69歳で腰痛を抱えています。さらに、夜間は約2時間おきに喀痰吸引を行わなければならず、慢性的な睡眠不足と疲労が続いていました。Aさんの医療依存度の高さから介護保険でのショートステイは難しい状況です。

 

 Aさん・Bさん夫妻の状況を心配した担当のCケアマネジャーは、「介護保険サービスだけでは夫婦の在宅生活の継続が難しいのではないか」と考え、障害福祉サービスによる夜間の「重度訪問介護」を利用できないか相談するため、市役所の障害者支援課を訪れました。

 

 対応したD担当者は事情を聞いた上で、介護保険サービスに加えて障害福祉サービスによる上乗せの支給決定が可能かどうか、法令や通知を踏まえて課内で検討した上で、後日回答することとしました。


介護保険の利用状況

 Aさんの介護保険の利用状況は以下のとおりです。


利用サービス: 訪問入浴(週2回)、訪問看護(週2回)、訪問リハ(週1回)、福祉用具(電動ベッド)
総 単 位 数 : 36,217単位(要介護5)/月
利用単位数 : 19,200単位/月

 

支給決定基準

 市役所の重度訪問介護における支給決定基準は以下の通りです。

 
重度訪問介護 区分1 区分2 区分3 区分4 区分5 区分6
標準支給量(時間数) ― ― ― 200 280 350
介護保険利用者 ― ― ― 320
 

課内会議での主な意見

 相談を受けたD担当者は、支給決定の可否について検討するため、課内判定会議を開催しました。


 市の支給決定基準には、介護保険利用者に対する重度訪問介護の上乗せを想定した標準支給量も定められています。
 そのため、D担当者は、「今回のケースについても支給決定を検討できるのではないか」と考えて会議に臨みました。

 

 しかし、会議では、次のような点が争点となりました。


・障害福祉サービスのいわゆる「上乗せ」については、介護保険の区分支給限度基準額をできる限り活用することが前提となるのではないか(単位数が17,000単位以上も余っている状況で上乗せを認めるのはどうなのか)
・Aさんの身体状況や介護の実態については把握できているものの、妻であるBさんの介護力については、十分なアセスメントができていないのではないか
・今回の相談は、Bさんの疲労や睡眠不足を背景としたものであり、重度訪問介護の支給決定が、結果として家族のレスパイトを目的としたものとなるのではないか

 

 こうした意見を踏まえ、会議では、現時点の情報だけで直ちに支給の可否を判断するのではなく、まずは申請を受理した上で、Aさん本人の生活状況や介護の実態、Bさんの介護力などについて、改めてアセスメントを行うべきとの方向で意見がまとまりました。

 

判断のポイント:思考を深めるための視点

 この事例を整理するにあたり、支給決定事務担当者としてどのような視点で論理を組み立てるべきでしょうか。

 

 

 1 「介護保険優先の原則」をどう解釈するか

 この事例では、一見すると「介護保険の利用単位数にまだ余裕があるのだから、まずは介護保険サービスを利用すべきではないか。」という考え方も成り立ちます。


 しかし、介護保険サービスには、重度訪問介護が担う長時間の見守りや継続的な介護に相当するサービスはありません。
 そのため、介護保険だけでは利用者や家族の生活を支えることが困難な場合には、単位数の空き状況だけで判断するのではなく、障害福祉サービスとの適用関係をどのように考えるべきかが課題となります。

  

 2 「本人への支援」と「家族レスパイト」の境界線

 さらに、この事例では、夜間の喀痰吸引による家族の介護負担も大きな論点です。


 今回の相談は、Aさん本人への支援を目的とするものなのか、それとも介護者であるBさんの負担軽減を主たる目的とするものなのかによって、支給決定の考え方に影響が出てくるでしょう。

  

 3 他制度・他資源の可能性の検討

 また、「レスパイト入院」や「短期入所」など、他制度による対応の可能性についても検討する必要があります。
 他の手段による解決の可能性をどこまで検証したか、他制度での対応が困難であることの確認(客観的根拠)も重要なステップとなります。

 

 支給決定事務担当者としては、こうした点を考慮に入れつつ、支給決定基準や事務処理要領など関係する法令・通知等を踏まえ、判断しなければなりません。

 


あなたならどう判断しますか?

 今回の事例は、介護保険と障害福祉サービスの境界線、そして制度の狭間で利用者とその家族の生活をどう支えるかという、現場で実際に直面するテーマを取り上げました。

 

 実務においては、障害支援区分認定調査やサービス利用意向調査などを通じて、利用者本人だけでなく、その家族の状況や介護の実態についても丁寧にアセスメントすることが求められます。
 また、ケアマネジャーや訪問看護師など、日頃から利用者の生活を支えている支援者から情報を得ることも重要になります。

 

 こうした一つひとつの情報を整理し、事務処理要領や支給決定基準等を踏まえて判断することを考えると、支給決定事務担当者に求められる責務は決して軽いものではありません。
 しかし、だからこそ、利用者やその家族が納得できる支給決定を行い、必要な支援につなげることができたときには、実務を担う皆さん自身も、大きな喜びややりがいを感じることができるのではないでしょうか。

 

 本事例について、私なりの結論はあります。しかし、今回はあえてその「答え」をここには書かないでおくことにします。

 

 ぜひ一度、ご自身ならどのように判断するのか、考えてみてください。