【vol.33】お母さんと私④私たちはお母さんの半分にも追いつけない | 私はミューズとゼウスのケアラーです

2026/09/18

韓国の介護現場で働く作家が送るケア文学

 激しいスピードで高齢化が進む隣国で、 ケアの最前線に立つ作家による、初の日本語エッセイ連載スタート!! 昼は介護の仕事をして夜は文章を書く、作家イ・ウンジュの連載が始まります。日本の介護福祉士にあたる、「療養保護士」という韓国の介護の国家資格を持つイ・ウンジュさんは、自身もケアの現場に立ちながら、ケアに関する文章を韓国語で発表する数少ない作家です。
  • そんなイ・ウンジュさんは韓国で、ケアについてのエッセイ三部作(『私は神々の療養保護士です』こんなにいてれたでしょう』『東京因縁)を出版して話題を集め、2023年には母親の在宅療養保護の経験を盛り込んだ『ケアの温度』を刊行しました。ケア部作の『私は神々の療養保護士です』では、療養保護士として歩んだ療養院での日々から訪問介護に至るまでの道のりについて、『ケアの温度』では、誰かをケアする時の適切な距離感・温度感とレジリエンスについて、やさしい筆致で綴っています。この連載では、イさんの目に映った韓国の介護現場から、「ミューズとゼウス」のためのケアについて考えます。 


チョロクのおばさんへ


 今日は、認知症のミューズの繰り返される否定的な言葉につい怒鳴ってしまい、帰ってからもずっと心が落ち着きません。


 我が家のトイレを隅々まで磨き上げても、観葉植物に水をやっても、キッチンを光沢が出るほど拭いても、まったく気分が良くならず、むしろ自分が嫌になってもがいているだけです。


 
突然、「自分はこの仕事に向いていないのではないか」という考えが浮かび、未来が暗闇に沈んでいくような夜に、こうして数行綴っています。


 
ケアラーという職業は、一瞬一瞬、自分の道徳性と倫理観が試される仕事のように感じます。この仕事を乗り越えていけば、きっと心の筋肉がもっと強くなるのだろうと、無理やり自分を奮い立たせています。


 昨夏を思い出せる、写真をお届けします。


 
あなたのお母さまの家を訪れたときに持って行って、楽しい思い出をつくろうと思っていたのですが、その機会を逃してしまいました。お母さまはご自身のお身体が不自由ななか、客人のために買い物をし、キッチンに立って料理までしてくださるなんて、いったい何と感謝の言葉を述べればよいのかわかりません。


 私たちは皆、お母さんの半分も追いつけないのではないでしょうか?

 今夜は疲れているのに、なかなか眠れそうにありません。
 

雪が降った後、晴れた寒いある日に

イ・ウンジュより



著者紹介
 イ・ウンジュ 이은주



 1969 年生、作家、翻訳家。日本に留学し、1998 年に日本大学芸術学部文芸学科を卒業。20 代から翻訳家になることを夢見て、家庭教師として働きながら翻訳した『ウラ読みドストエフスキー』(清水正)で夢をかなえる。その後も仁川国際空港の免税店で働きながら、休憩時 間は搭乗口 31 番ゲートで訳し、仁川への通勤電車でも訳し続け、『船に乗れ!』(藤谷治)、 『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(山極寿一)をはじめ、十数冊もの日本書籍を韓国に広める。おばあちゃんっ子だったイさんは祖母の逝去をきっかけに、高齢者施設でボランティア活動を始め、その後療養保護士の資格を取得。昨年からは認知症になった実母の介護を行う。「ケア」と「分かち合い」について、文学の一形態として追及してみたいという気持ちから、高齢者のケア現場についてのエッセイを三部作で発表し、韓国で共感を呼ぶ。現在、認知症で苦しんでいる母親の世話をしながら、翻訳、執筆活動と共にメディア出演、講演活動を続けている。