看護における「倫理的もやもや」への向き合い方 第4回 事例検討 在宅療養者の意思決定支援

2026/09/04

 看護の現場で「これでいいのだろうか」と倫理的ジレンマ(もやもや)を感じることはありませんか。この連載では、病院や訪問看護での倫理的課題の事例を取り上げ、解決に向けたプロセスを「悩み方」として紹介します。
 第4回は、在宅療養者の意思決定支援について事例を挙げ、倫理的課題の抽出、具体的なケアの検討と実践までを解説します。


[著者]
川野 かおり(かわの・かおり)

日本訪問看護財団 あすか山訪問看護ステーション
老人看護専門看護師


日中独居による転倒や急変のリスク回避と、本人の「自宅療養の希望」との間で生じる家族のジレンマ 

【患者紹介】
Aさん、90歳代、女性

【家族】
夫死去、長男(日中就労)と同居、次男は遠方在住

【診断名】
がん末期、重度貧血

【倫理的課題が生じた状況】
 元来病院嫌いのAさんは、入院中に「家に帰りたい」と希望し、家族も同意して自宅へ戻りました。退院後、長男が帰宅した際、Aさんがベッドサイドで転倒しており、家族は強いショックを受けました。これをきっかけに、ケアマネジャー(以下、CM)が選定され、訪問診療、訪問看護、訪問介護が開始されました。
 Aさんはほぼベッド上安静で、食事は全介助で数口、飲水量は約500mL/日でした。「オムツでは排泄したくない」と訴え、ふらつきながらトイレに行くことがありました。疼痛は内服でコントロールできており、穏やかに眠っている時間が日々長くなっていきました。医師からは「予後は数週間で、明日看取る可能性もある」と説明があり、長男は「母を一人で死なせたくない、転倒させたくない」と悩みを訴えました。医師は「それを避けるには緩和ケア病棟や施設入所が必要」と説明し、家族は本人の希望との間でジレンマを抱えていました。

 今回も、 第2回 第3回 で紹介された倫理的課題の検討プロセス①から②に沿って解説します。


事例の中の情報から事実や価値を明確にする

 臨床倫理の4分割法に事実を客観的に記載し整理します(表1)。

 

表1 臨床倫理の4分割法を用いた情報の整理

医学的適応
(病気、治療、予後に関すること)

・がん末期 予後週単位
・疼痛コントロール良好
・嚥下障害なく毎食数口摂取
・経口飲水量500mL/日程度

本人の意向
(意向と意思決定能力)

・家で過ごしたい
・オムツ内に排泄したくない
・痛みや日常生活上の意思を伝えられる
・簡単な質問に返答可能だが、複雑な理解は困難

QOL
(生活全般、価値観、その他)

・ほぼベッド上安静の生活
・重度貧血で歩行時にふらつき、転倒歴あり
・排尿は1日1~2回、トイレに座ると排尿あり

周囲の状況
(家族背景、医療ケア状況、地域特性、人的・物的環境や資源)

・家族は「一人で死なせたくない、転倒させたくない」と希望
・医師は入院・施設入所を提案
・長男は日中不在、次男は遠方


倫理的課題の抽出

 まずは、生命倫理の4原則(自律尊重、無危害、善行、正義)に基づき価値の対立を明確にします。
 4分割法の表を眺めると、どこに価値の対立があるか一目瞭然です。Aさんの「家で過ごしたい」という自立尊重と、家族の「転倒・独死を避けたい」という無危害が対立しています。
 大切なことは、医療者の価値観で自立尊重と無危害のどちらかを優先した方がよいと決めつけないことです。Aさんや家族と対話しながら、意向の背景を丁寧に確認し、何が最善かをチームで検討する必要があります
 皆さんはこの状況で、Aさんや家族とどのような対話をしたくなりましたか? Aさんに家族が心配しているリスクを伝えたうえでそれでも自宅を望むのか、確認したくなりませんか? また、長男や次男は自立尊重と無危害の両方を望むけれど叶わない状況において、何を考えているか、聞いてみたくなりませんか? 
 医師は最終責任者として治療や方針の方向性を示すことが多いように思います。その一方で、そこで生じる患者や家族の葛藤やジレンマを受け止め、支えていく役割は、看護師やCMなどの多職種が担うことが重要だと考えます。看護師やCMが積極的に患者や家族と対話し不安や迷いに寄り添うことで、チーム全体としてより良い意思決定支援が可能になります。


倫理的課題の抽出

 大切なことは、個人の価値判断で選択肢を減らしたり、優先順位をつけたりしないことです。そのうえで、それぞれの選択肢が持つ個別性を丁寧に検討していきます。例えば、自宅で24時間見守る体制をどのように整えられるかを考えたり、緩和ケア病棟や施設であればAさんや家族が望む過ごし方をどの程度実現できるのかを検討したりすることが挙げられます。

 
選択肢 メリット デメリット
自宅 Aさんの希望が叶う
住み慣れた環境で安らげる
家族のケアを受けやすい
転倒・急変に即応できない
緩和治療の選択肢が少ない可能性
緩和ケア病棟 転倒・急変に即応可能
緩和治療の選択肢が多い
Aさんの希望が叶わない
家族と過ごす時間の減少
環境変化による負担
施設 転倒・急変に即応可能 Aさんの希望が叶わない
家族と過ごす時間の減少
環境変化による負担
緩和ケア対応施設が少ない

患者の最善の利益の視点から、具体的行動やケアを検討する

 選択肢を検討するうえで最も重要なことは、本人の意思を確認することです。これは、 第3回 の事例でも紹介した「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(厚生労働省)1)に基づいています。このガイドラインでは、本人の意思が確認できる場合と確認できない場合に分けて、方針決定のプロセスが示されています。
 Aさんの場合、意思の表明は可能ですが、複雑な説明を十分に理解することが難しいため、「意思が確認できる」とも「確認できない」とも言い切れず、慎重な配慮が必要でした。そのため、「今後も家で過ごしたいですか」「痛いのは嫌ですか」「一人で過ごす時間は不安ですか」など、できる限り平易で短い質問を用いて、Aさんの現在の意思を一つひとつ確認していきました。同時に、家族からは、Aさんのこれまでの生き方や価値観を踏まえた推定意思を聞き、本人の意思と家族の理解を照らし合わせながら、より適切な方針を検討しました。


実践した内容と結果(患者・家族の反応)

 Aさんとの対話では、「家で過ごしたい」「一人は不安」「痛みや苦しみは避けたい」「食べたい時に食べたい」「オムツでは排泄したくない」「長男がそばにいると安心する」など、多くの生活に関する意思を確認できました。
 長男と次男は、「母は家を守り、近所の子どもにピアノを教え、父の在宅介護も10年以上続けた人で、家はとても大切な場所です。骨折しても湿布で済ませるほど病院嫌いなので、何があっても家にいたいと思うはずです」と、Aさんの推定意思を語られました。こうした本人の意思と、生き方や価値観から推測される推定意思を確認する中で、長男と次男は「家で看取る覚悟を決めました。仕事があり24時間見守ることはできませんが、母らしい最期は自宅でしか叶わないと思いました」と話し、在宅で看取る方針となりました。
 Aさんの意思を尊重した生活が送れるように、疼痛や不安を感じていないか細やかに観察と声かけを行い、食事の希望もその都度確認しました。看護師が毎日1回、ヘルパーが2回訪問し、転倒予防のためトイレ誘導を行い、転倒せずに経過しました。歩行が困難になってもオムツで排尿しないため、合併症リスクを考慮して家族と相談し、Aさんの同意を得て膀胱留置カテーテルを挿入しました。口渇の訴えには、状態を悪化させない範囲で点滴を行い、苦痛の緩和に努めました。
 1週間後、長男の休日に急激な尿量低下と血圧低下があり、家族に見守られながらAさんは静かに旅立ちました。グリーフケア訪問時、長男は「母らしい最期を迎えられました。後悔はありますが、自宅で過ごした日々は何にも代えがたい思い出になりました。」と涙を流して語られました。


引用・参考文献

1)厚生労働省:人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン.改訂 2018. https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000197721.pdf (2026年6月24日閲覧)

 

(掲載内容は架空の事例であり、実在の人物とは関係ありません)