知ってるつもりの認知症ケア 第22回 認知症の苦手は5W1H?

2026/08/03

川畑智

 

認知症の人に接するときには「認知症の人の見ている世界」を正しく理解することが大切です。それによって適切で質の高いケアを提供でき、利用者は認知症になっても安心して生活することができます。
……とはいっても、さまざまな仕事をこなす日々の業務のなかでは、理想どおりのケアを行うことは一苦労です。
この連載では、認知症ケアの第一人者である理学療法士の川畑智さんのもとに、悩み多き介護職の方々が訪れ、ともに「現場のリアルな困りごとを理想に近づけるためのヒント」を模索していきます。
理想論ではなく、認知症ケアのリアルなつまずきにスポットを当ててみたいと思います。


川畑 : 前回は、場所の感覚や記憶が苦手になることで不安感が強まるというお話でした。目で見てもらって「ああ、財布は大丈夫だ」と思って帰宅欲求が解消されるかもしれないよ、と。でも、財布を渡しても次々と要求は続いてしまうことってあると思います。納得するどころか、本人も何がわからないのかわからなくなっているふうにも見える。どうやって対応しようか苦慮することが、皆さんもあるんじゃないかなと思います。

 

Gさん : ありますね。財布はあくまで一つの理由で、ここにいたくないんだろうなとは思うんですが……。

 

川畑 : そうでしょうね。帰宅要求に対してどう対応するのがよいのか、実戦形式でちょっと考えてみましょうか。相手の認知に訴えかけるコミュニケーションとはどんなものか考えてくださいね。「私、帰りたいんだけど……」どうでしょうか?

 

介護職 : えっと……「帰りたいんですね。どうかされましたか?」

 

川畑 : いいですね! 「○時に帰れますよ」と答えるのではなく、言ったことをそのまま返して、そのうえで質問するというテクニック。相手の意見を引き出すわけですね。ほかにもありますか?

 

介護職 : 千本ノックみたいですね(笑)。「もしかして心配事があるんじゃないですか?」と聞いたり、「今、お昼ご飯を準備していて、○○さんの分も一生懸命作っているので、よかったら呼ばれていってもらえませんか?」と誘ってみたり……ですかね。

 

川畑 : 素晴らしいと思います。1つ目は質問に共感が付け加わったわけですね。2つ目は、「帰りたいけど、じゃあ食べなきゃいけないわね」と、悪い言葉で言うと「上手に恩を着せる」パターンですね(笑)。「あなたのために」と言われると、優しさと申し訳なさから「せっかくだったら……」という感じですね。

 

Gさん : これはお風呂のときにも試したりしますが、このやりかたがうまくいかないときもあって。「いや、そんなことより私は帰りたいの!」というふうに、さらに苦慮するんです。余裕があるときは「あれ、帰りたいんですか? おうちで誰か待ってますか?」とか「何か用事がありますか?」と細かく聞くこともあります。

 

川畑 : ふむふむ。そうすると、「ああ、そうなの。実はね……」と答えてくれそうですね。質問や共感に加えて、細かく聞いてあげる。ここから認知症の人に対するアプローチのヒントがありそうですよ。ぜひGさんさん同士で「認知症の人は何が苦手になる?」と尋ねてみてほしいんです。

 

Gさん : たぶん「記憶」と答える人が多いと思います。

 

川畑 : 確かにそうです。アルツハイマー型認知症は認知症全体の67.8%を占めており、アルツハイマー型認知症の人の約95%は初期段階で「記憶の苦手」が生じます。でも、記憶だけが苦手かというと、そうではないですよね。「認知力」が落ちてくるんです。つまり「わかる」「知っている」が苦手になってくる。今は小学生も英語を習いますが、英語の授業で最初の頃に「What is this?」を習いましたよね。

 

Gさん : 「これはなんですか?」ですね。「This is a pen.」とセットで覚えました。

 

川畑 : そう。この「What」からスタートして「Who」「Where」「When」「How many」を習います。つまり5W1Hですね。では、私たちが何のために英語を勉強したか? ちょっと思い出してください。授業だからというのもあると思いますが。

 

Gさん : 考えたことがなかったのですが……外国の人と喋ることができるように?

 

川畑 : そうですね。いつか会話する機会があるかもしれないから、目の前の人を理解しよう。意識が高い人だったら、相手の文化を理解しようと、どんどん勉強するでしょうね。私のときの英語の先生は、なんでこの話をしてくれなかったんだろうと思います。その人自身のことや文化、考え方を理解する。最初に習う「5W1H」はその基礎です。お互いのことを認知できるようにするための関係づくりの第一歩なんですね。つまり、認知症の人は「いつ、どこで、誰が、何を、どのように」が自分の頭の中で整理しにくくなっている。

 

Gさん : コミュニケーションの基礎の部分が苦手になっているんですね。

 

川畑 : まさにそうなんです。「帰りたい」と訴える人は「いつ息子が帰ってくるかわからないけど、鍵がないかもしれないから家に帰っておかないと……」という気持ちかもしれない。「ここがどこかはわからないけれど、私の家はきっとここから近いだろう」「誰が送迎してくれるかわからないから不安で帰りたい」「ここに来た理由も、何をすればいいかわからないから、一刻も早く安心できる家に帰りたい」「どれくらいのお金がかかるのかわからず、不安でしょうがない」。認知症とは「5W1H」に伴う不安症なんです。これを認知症の用語でなんと呼んでいましたっけ?

 

Gさん : えーと……。BPSDでしょうか。行動心理症状です。

 

川畑 : ですね。つまり、5W1Hの部分をサポートしてあげるとうまくいくんです。先ほどの「家に帰りたい」という言葉に「誰か待っているんですか?」と返しましたよね。これは「Who」にアプローチできていたわけです。

 

Gさん : そこまで意識していなかったんですけど、よかったです。

 

川畑 : この「5W1H」を聞くGさんにならないと、相手のことを認知するのが難しくなってくる。アミロイドβが脳に沈着して……という医学の話だけではなくて、認知症の人が見ている世界を理解してもらえたらと思います。かくいう私も、「認知症とはああでこうで……」と医学的に説明したくなるんです。だって間違いたくないから。そこで、5W1Hに伴う不安が起こりやすい状態が認知症ですよ、と伝えると、理解しやすくなる人がたくさんいると思うんです。

 
川畑智さんのプロフィール

理学療法士、熊本県認知症予防プログラム開発者、株式会社Re学代表
1979年宮崎県生。病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立。熊本県を拠点に病院・施設・地域における認知症予防や認知症ケア・地域づくりの実践に取り組み、県内9つの市町村で「脳いきいき事業」を展開。ほかに脳活性化ツールとして、一般社団法人日本パズル協会の特別顧問に就任し、川畑式頭リハビリパズルとして木製パズルやペンシルパズルも販売。年間200回を超える講演活動のほか、メディアにも多数出演。著作に『マンガでわかる! 認知症の人が見ている世界』シリーズなど。