対人支援に役立つ 会話例で納得!コーチングのススメ 第7回 不満を訴える職員へのコーチング ~前編~

2025/06/26

 ケアマネジャーには、さまざまな場面で円滑なコミュニケーションをとることが求められます。一方、実際の場面では「困難さ」を抱えるケアマネジャーも少なくありません。本連載では、人間関係構築や多職種連携に役立つコーチングの手法を紹介します。

 

この記事の監修者

眞辺一範(株式会社ふくなかまジャパン代表取締役社長)
1998年、日本初のプロコーチを養成する「コーチ・トレーニング・プログラム」を履修し、認定コーチを取得。現在は国際コーチング連盟プロフェッショナル認定コーチ、(一財)生涯学習開発財団認定マスターコーチ、コーチ・エィ アカデミアクラスコーチ、日本コーチ協会京都チャプター事務局長としてコーチングの活動や実践に取り組んでいる。

 

不平不満のない人はいない

 職場で文句ばかり言う人は少なからずいるものですが、それでも、仕事に対して不平不満を絶えず口にする状況が常態化している場合、職場全体の雰囲気が悪くなってしまいます。愚痴や不満の出ない職場をつくりたいと願うのが人の道理です。
 しかし、実際には不満を口にする人に対しては、「深く話を聞かず適当に聞き流す」というように、適当にあしらうだけで何も解決できていない場合が多いかもしれません。このような対応では、愚痴や不満の出ない職場をつくるという未来につながる展開が見えてきません。
 今回は、不平不満を口にする人の背景を理解し、活用できるコーチングの手法について解説します。


不平不満を言う人の動機

 不平不満を絶えず口にする人の動機は、マズローの欲求階層説を借りれば、「人の関心を自分に向けて同情を買いたい」「周りから正当に認められたい」という承認欲求や、「誰かと共感し合い、つながりたい」という所属と愛の欲求を満たすことに基づいています。
 人間の根源的な欲求ですから、不平不満を漏らすことで、相手や周りの注意を引きつけることに快感を覚えます。問題そのものに目を向ける傾向が強い一方で、問題解決そのものにはそれほど興味を示しません。
 以上のような要因をふまえて、適切な対処法を押さえていきましょう。

 

不平不満は目標逃避の産物

 コーチングの視点でいうなら、不平不満の本当の理由は目標逃避といってよいでしょう。明確な目標をもたずに日々を過ごしている人は少なからずいます。なぜかというと、目標をもってしまうと、現状とのギャップに否応なしに直面し、大きな不安やストレスを抱えることになってしまうからです。
 目標をもたなければ、もしくは目標がないことにしてしまえば、楽になれます。そして現状だけをみて過ごすようになるのです。これが目標逃避です。
 ところが現状は、自分の思い通りにならないことで満ちあふれています。そのため、現状に対する不平不満を口にすることで、何とかガス抜きをして調整しているわけです。職場の理不尽を「人のせい」「環境のせい」にしてしまえば、一時的に自分の立場は守られます。


対応策1不平不満を目標に変える

 不平不満を語られたら、コーチングの型を応用して、建設的な対応をしましょう。「現状の明確化」→「目標の明確化」→「ギャップの明確化」→「行動変容」という流れで対話をつくっていきます。
 はじめに、目標をもつことなく不平不満を言う人に対して、「不平不満」を通して「現状の明確化」を図ります。「共感的傾聴」を経て、「目標の明確化」、そして「ギャップの明確化」から「行動変容」に移ります(図)。
 こうすれば、不平不満は成長のきっかけとなり、お互いにぐずぐずと悩むことが減ります。

 

▼図 不平不満を目標に変えるコーチングスキル

 

①相手の視点を「現状」から「未来」に変える

 前述したように、不平不満を口にする人たちの視点は、「目標」ではなく「現状」でした。不平不満の内容をしっかり聴いてみると、「本来はこうあるべき」「もっとましな職場だと思っていた」「上司はリーダーシップを果たしていない」といった主張が端々にみら
れます。
 これらの主張を逆手に取れば、不平不満を言う人が考える「職場が目指すべき良好な人間関係」や「それぞれが本来果たすべき役割への期待」が隠されていることがわかります。また、「職場の理想の姿」、つまり将来のビジョンも不平不満のなかに見つけられるのです。
 未来への可能性が感じられたら、不平不満の現状を明確化したところで、「目標の明確化」に話題をチェンジしましょう。相手の視点を「現状」から「未来」に変えることができます。具体的には、現状に対する思いを十分傾聴し、共感的に理解したところで、次のような質問を投げかけます。

 

【「目標の明確化」の質問】
・ あなたが考える理想の事業所は、どんな職場ですか?
・ 事業所内の人間関係はどうあればよいのでしょうか?
・ あなたの職場におけるゴールとは何ですか?

 

 これらの「問いかけ」で、不平不満の内容を目標に変え、コーチングの型の軌道に乗せることができれば大成功です。

 

②成功の秘訣は共感的傾聴

 ここで大切なことは、「目標の明確化」の問いの前に、相手の思いや気持ちを引き出し、相手に共感し、不平不満に対して一切ケチをつけずに受容することを前提とした十分な時間と空間をつくり出すことです。このような共感的傾聴で、相手の口調や表情が少しずつ穏やかになっていくでしょう。この瞬間を見逃してはなりません。
 不平不満の主張の途中で、焦って「目標の明確化」の質問をすれば、この戦略は木っ端微塵に砕け散ります。その後は、自分を変えようとする危険人物として相手から警戒されるようになります。コーチングの対話にはうまくいくタイミングがあることを自覚しましょう。
 次回も、不満を訴える職員へのコーチングの手法を紹介します。