知ってるつもりの認知症ケア 第10回 あなたの恐怖心は、どこから?
2025/06/27

川畑智
認知症の人に接するときには「認知症の人の見ている世界」を正しく理解することが大切です。それによって適切で質の高いケアを提供でき、利用者は認知症になっても安心して生活することができます。
……とはいっても、さまざまな仕事をこなす日々の業務のなかでは、理想どおりのケアを行うことは一苦労です。
この連載では、認知症ケアの第一人者である理学療法士の川畑智さんのもとに、悩み多き介護職の方々が訪れ、ともに「現場のリアルな困りごとを理想に近づけるためのヒント」を模索していきます。
理想論ではなく、認知症ケアのリアルなつまずきにスポットを当ててみたいと思います。
川畑 : 環境を変えてみても、お風呂に入らないことはありますね。
Cさん : ありますね。
川畑 : だからといって、追いはぎのように服を脱がせるのはもちろんダメです。お風呂に入る前、特に冬場に多いかもしれませんが、「暑いので1枚脱ぎませんか」と提案することってないですか。
Cさん : ありますね。施設の中って温度が高く設定してあるので暖かいんですが、何枚も重ね着していて、数えてみたら6~7枚も重ね着していることもあります。
川畑 : 本人は「冬だから」ということでしょうね。でも、室温が25度くらいの設定であれば、1枚脱いでほしいくらい。でも、本人は暑さを感じずにいるので、少し汗ばんでいても気づいていない、なんて状況でしょうかね。
Cさん : はい。「暑いから脱ぎましょうね」と言っても脱がないんです。暑くないの? と思うんですけど。
川畑 : そんなときは、背中や首筋など本人の肌を触って「ほら、ちょっと湿ってますよ」「汗かいてますよ」と声をかけたり、自分で触ってもらったりするのがおすすめです。そうやって伝えると、意外と「あら、じゃあ脱ごうかしら」というふうになります。これは視覚的なアプローチですね。
Cさん : アルツハイマー型認知症だと視覚的なアプローチが有効なんでしたよね。
川畑 : ですね。そして情緒的なアプローチも有効です。私はこれまでたくさんの認知症の人とお会いしましたが、やはり誰もが少なからず衣服を脱ぐことに対して恐怖心があることに気づかされました。
Cさん : 恐怖心……。
川畑 : 何に対する恐怖心かというと、脱いだ後にその服を見つけられないのではないかという恐怖心です。これは記憶が苦手であると本人が意識しているからなのですが、自分の持ち物、例えば財布でもいいんですが、そういった大切なものが一式なくなってしまうのではないか、という不安があるんです。そんなときには透明のビニール袋に洋服など大切なものを入れて、本人が向かう浴槽のところまで持っていってあげてください。
Cさん : なるほど。なくならないことが視覚的にわかる準備ですね。
川畑 : まさに。これはひと手間ですが、準備は透明のゴミ袋1枚で済むわけです。これだけでうまくいくこともあるんです。ちょっと別の観点ですが、「お風呂には入りたくない!」という方に対して、足湯をすすめることってありますか?
Cさん : よくあります。「足湯だけでもどうですか?」て。足湯だったら入ってくれる方もいるので。
川畑 : いいですね。足湯から始めるのも一つです。ただ、足湯も苦手だという方もいると思うので、そんな方には「お手拭き作戦」でうまくいくことが多いです。熱々のお手拭きを3つくらい用意して「まずは手を拭きましょう。温かいですね」と言って、相手の手だけでなく自分の手も拭きます。
Cさん : 自分の手ですか。
川畑 : はい。次に「頬っぺたも冷たいですね。温めましょう」「はぁ、温かいわね」なんて会話しながら、お手拭きを顔に当てて、徐々に「首も拭いてみましょうよ」と身体を拭いていくテクニックです。そして、ときには「こんなに気持ちよければ、いっそのこと入っちゃいますか」と言うと、「あなたがそう言うんだったら」といった感じで、流れで入ってくれる方がいます。
Cさん : なるほど。まさにコミュニケーションですね。
川畑 : いろいろな角度からのアプローチを考えて、活用していくことがケアの鍵になると思います。そう考えたとき、お風呂にはたくさんの装置があってわからない、という視覚的な怖さへのケアも欠かせません。ここからお湯が出るのか、あるいは水が出るのか。
Cさん : 初めて行く温泉でも、お湯だと思って水が出た経験ありますもんね。
川畑 : まだ認知症じゃない私たちが失敗するくらいですから、認知症の人はなおさらです。学習経験がなかなか定着しないので、水が出るたびに驚くことになります。だからこそ視覚的にわかりやすくする工夫という意味での環境づくりも考えていただきたいところです。
Cさん : そのあたりは、私たちの目線でも考えていけそうです。
川畑 : ぜひ試行錯誤してみてください。自宅に暮らしている認知症の方のなかには、昔からのお風呂のままで生活しているので勝手がわからなくなり、数か月間も水だけで自宅のお風呂に入っている方がいました。「寒くないですか?」と尋ねると、「もう慣れた」とおっしゃっていました。でも、本当は慣れてはいないはず。温かいお風呂に入るのが一番いいでしょうからね。
Cさん : お風呂は身体をきれいにするだけじゃなくて、ホッとできるというところも含めてサポートしたいです。
川畑 : ですね。あとはシャンプーとリンスのどちらを出したかわからないというケース。私はこの前、ボディソープを間違えちゃいましたけどね。身体を洗っていて、何だか泡立ちがすごくいいなと思っていたら、間違ってシャンプーを泡立てていましたよ。まあ、間違ったところで皮膚に大きな問題はないでしょうけどね。
Cさん : 少し乾燥しちゃうかもですね。
川畑 : 私だったらなんだっていいんですけど、こうした間違いを防ぐには、オールインワンのシャンプーを使ったり、匂いで判断できる方であれば、香りがはっきりしたものにするとよいでしょうね。そう考えると、認知症の人の苦手をサポートするという先回りが重要になってくるのは間違いないでしょう。丁寧に「ボディソープは青」「シャンプーは赤」とシールを貼ったり、こっちは頭でこっちは身体というふうに、マジックではっきり書いてもいいでしょうね。
Cさん : これも工夫のひと手間ですね。
川畑 : そのひと手間ができるかどうかが、その後の生活のなかでの大きな差になってくると思います。入浴拒否については、こういうふうなところで、アプローチを進めていきましょう。
Cさん : ありがとうございました!
川畑智さんのプロフィール
理学療法士、熊本県認知症予防プログラム開発者、株式会社Re学代表
1979年宮崎県生。病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立。熊本県を拠点に病院・施設・地域における認知症予防や認知症ケア・地域づくりの実践に取り組み、県内9つの市町村で「脳いきいき事業」を展開。ほかに脳活性化ツールとして、一般社団法人日本パズル協会の特別顧問に就任し、川畑式頭リハビリパズルとして木製パズルやペンシルパズルも販売。年間200回を超える講演活動のほか、メディアにも多数出演。著作に『マンガでわかる! 認知症の人が見ている世界』シリーズなど。