動物園の飼育員に学ぶ ―「らしさ」を引きだすケアの工夫

2025/05/13

 動物園を訪れた人の中には、「動物が寝てばかりで面白くない」と感じる方もいるかもしれません。しかし、これは必ずしも動物に活気がないわけではなく、彼らが持つ本来の習性や生きる目的を果たすための行動が見えにくいだけかもしれません。動物園では、動物たちが心身ともに生き生きと過ごせるよう、様々な工夫が凝らされています。その取り組みは、人間の高齢者ケアにおいても参考になるヒントを多く含んでいます。
 介護職員の皆様の日々のケアは、高齢者の皆様のQOL(Quality of Life:生活の質)をいかに高めるかに深く関わっています。動物園でのQOL向上の取り組み、「環境エンリッチメント」の具体例を見ていきましょう。



 


動物たちの「生きがい」を引き出す動物園の取り組み


 動物の生きる最大の目的は、「食べること」と「命をつなぐこと」だと言われます。動物園では、単に飼料を与えるだけでなく、動物が本来の採餌行動や探索行動を発揮できるよう工夫しています。これを「環境エンリッチメント」と呼び、動物のQOL向上に大きく役立っています。
 例えば、ゾウには様々な場所に飼料を隠して置き、自らの能力を使って探し出させています。高い場所に飼料を吊るせば、ゾウはそれを取るためにどうすれば良いかを考え、丸太などを踏み台にする仕掛けに気づいたりします。キリンの展示では、アカシアの枝の棘を避けて舌先で葉を摘み取る本来の採餌行動を見せる工夫がされています。



 

 

 


©赤池佳江子


 サルには、中にピーナッツを入れたサイコロ状の給餌器を与え、転がして偶然出てくる飼料を探す行動を引き出しています。キツツキには、丸太の中に隠した虫を舌やくちばしで探し出す仕掛けを用意し、彼らが持つ「打診」能力を発揮させています。オランウータンには、高い場所に張られたロープで腕渡りをさせて、空中散歩を楽しませる工夫もしています。
 これらの取り組みは、動物に単調な生活を送らせるのではなく、考える機会や体を動かす機会を与えることで、心身の活性化を図るものです。また、「ハズバンダリートレーニング」のように、動物の健康管理を促すための訓練も行われています。早期発見・早期治療が可能になり、動物の健康維持と長寿化につながるだけでなく、動物自身の意欲や活気を引き出す効果も期待されています。
 これらの動物園の取り組みは、人間の高齢者ケアにおいても示唆を与えてくれます。単に食事や排泄のケアをするだけでなく、その方が持つ能力を引き出し、自分でできることを見つけ、楽しみや「生きがい」につながる活動を支援することの重要性です。ちょっとした工夫で、日々の生活に張りや意欲を取り戻すことができるかもしれません。



 

 

 


©赤池佳江子




 

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