知ってるつもりの認知症ケア 第7回 会話がまるでジェットコースター?

2025/05/16

川畑智

 

認知症の人に接するときには「認知症の人の見ている世界」を正しく理解することが大切です。それによって適切で質の高いケアを提供でき、利用者は認知症になっても安心して生活することができます。
……とはいっても、さまざまな仕事をこなす日々の業務のなかでは、理想どおりのケアを行うことは一苦労です。
この連載では、認知症ケアの第一人者である理学療法士の川畑智さんのもとに、悩み多き介護職の方々が訪れ、ともに「現場のリアルな困りごとを理想に近づけるためのヒント」を模索していきます。
理想論ではなく、認知症ケアのリアルなつまずきにスポットを当ててみたいと思います。


Bさん : 前回のお話で、認知症の人に対しては、身振り手振りは声とずらして使うことで、相乗効果が生まれるということがわかりました。でも、それでもジェスチャーがうまく伝わっていないなっていう場合もあるんです。

 

川畑 : なるほど。ふだんから意識していることは何かありますか?

 

Bさん : 速すぎると伝わりにくい、っていうのは認知症でない私たちでも経験ありますし、速さは気をつけています。でも、どのくらいのスピードがよいのでしょうか。

 

川畑 : スピードをゆっくりに調整するのもすごく大事ですね。高齢者に聞いてみると、どうやら早送りに聞こえることがあるそうです。ある人は「ジェットコースターに乗ってるみたい」と言っていましたよ。あっちこっちに連れていかれているような感じでしょうかね。

 

Bさん : すごい、ジェットコースターに乗ったことがあるんですね。

 

川畑 : こちらが普通に話しているつもりでもそう感じることがあるということは、言葉も「ゆ・つ・く・り」と区切ってしまうくらいのイメージで話してよいと思います。高齢者で「演歌が好き」という人が多いのは、これは世代というのもありますが、速さが身体に合っているんでしょうね。私も最近のヒットソングってどれも速いと感じますけど、高齢者は早口言葉みたいに感じているでしょうね。

 

Bさん : たしかにそうですね。利用者同士だと会話が意外とスムーズにいっているのも見かけます。ゆっくり同士でうまいこと通じ合っているんだなぁって納得しました。

 

川畑 : ですね。あと、認知症は波がありますから、時間帯や調子によって「調子のいい時間帯は普通のスピードでも大丈夫かな」と感じるときもあるでしょうね。そういった感じで判断をする仕分けが必要です。

 

Bさん : ここでも仕分けが大事ですね。

 

川畑 : そうなんです。たとえば耳に手をあてる仕草をしたら、相手から「わからない」「混乱している」というサインですから、さらにジェスチャーを増やす合図です。聞こえていないんじゃなくて、頭に届いていない。そのように考えてみると、「まだきちんと頭に届いていないんだな」と判断しやすいと思います。

 

Bさん : なるほど、了解です。やっぱりそれは、利用者とのかかわりで試行錯誤するしかないんですかね。

 

川畑 : いろいろ工夫しているうちに、意外と「あ、これならわかる」という方法が見つかりますよ。あとは間の取り方も工夫できます。ジェスチャーや表情、声の調子などをしっかり味付けすると、言葉のわずかな部分だけでも相手は理解しやすい。

 

Bさん : なるほど。味付けですね。

 

川畑 : ですね。おすすめなのは、一緒に働いているチーム内でジェスチャーゲームをすることです。「彼女のジェスチャー、わかりやすくていいね」なんて褒め合って、お互い伸ばしていくといいですね。

 

Bさん : どうしてもジェスチャーは得意と不得意が分かれますよね。ゲームみたいに楽しむと思えば、うまくいきそうです。

 

川畑 : たとえば「歯磨き」をお題にして身振りだけで表現してみるとか。人によって、「あ、私は鏡を見る仕草を足そう」とか「私は大きく口を開ける動作をしてみる」とか、いろいろ違ってくる。そうやって引き出しを増やしていくんです。では、「お風呂」をお題にしたらどうでしょうか?

 

Bさん : んー、こうですかね。背中をゴシゴシ洗う感じで。

 

川畑 : いいですね。ほかにも髪を洗ったり、背中を流したりするジェスチャーなんかもいいでしょうね。

 

Bさん : 答えが一つじゃないからこそ、皆でやってみたらおもしろそうです。「こうしなきゃ」と丸暗記をするより、ゲーム感覚でやったほうが職員にも定着しそうです。

 

川畑 : そうなんです。実際のケアにも直結しますよ。「この利用者さんにはこういうジェスチャーが合いそうだな」ってすぐ思い出せるようになりますから。ぜひ試してみてください。さっき味付けと言いましたけど、こうしたジェスチャーは認知症の人とのコミュニケーションにおいては、ラーメンでいうとスープのような味付けにあたるもの。スープがおいしければ、全体の味が生きてくるわけです。

 

Bさん : しっかり味付けができていなければ、ラーメンは台無しですもんね。今日聞いたこと、さっそく明日からの現場で活かしてみたいと思います。

 

川畑 : ぜひそうしてください。「動きが先、言葉が後」、そして必要に応じてスピードをゆっくりにしたり、ジェスチャーを増やす。これだけで全然違いますよ。

 

Bさん : ありがとうございます! 利用者さんとのコミュニケーションがスムーズになるように工夫していきますね。

 
川畑智さんのプロフィール

理学療法士、熊本県認知症予防プログラム開発者、株式会社Re学代表
1979年宮崎県生。病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立。熊本県を拠点に病院・施設・地域における認知症予防や認知症ケア・地域づくりの実践に取り組み、県内9つの市町村で「脳いきいき事業」を展開。ほかに脳活性化ツールとして、一般社団法人日本パズル協会の特別顧問に就任し、川畑式頭リハビリパズルとして木製パズルやペンシルパズルも販売。年間200回を超える講演活動のほか、メディアにも多数出演。著作に『マンガでわかる! 認知症の人が見ている世界』シリーズなど。