知ってるつもりの認知症ケア 第6回 「身振り手振り」は使い方しだい?

2025/05/07

川畑智

 

認知症の人に接するときには「認知症の人の見ている世界」を正しく理解することが大切です。それによって適切で質の高いケアを提供でき、利用者は認知症になっても安心して生活することができます。
……とはいっても、さまざまな仕事をこなす日々の業務のなかでは、理想どおりのケアを行うことは一苦労です。
この連載では、認知症ケアの第一人者である理学療法士の川畑智さんのもとに、悩み多き介護職の方々が訪れ、ともに「現場のリアルな困りごとを理想に近づけるためのヒント」を模索していきます。
理想論ではなく、認知症ケアのリアルなつまずきにスポットを当ててみたいと思います。


Bさん : 前回は非言語コミュニケーション、いわゆる言葉以外のやりとりが大事だという話でしたよね。よく「メラビアンの法則」がどうだとかって言われますけど、実際の現場でどう応用すればいいのか……意外と難しいなと感じます。

 

川畑 : 「言葉よりも見た目や声の調子が印象を左右する」ということは誰もが知っていますが、それを具体的にどう活かすかがポイントなわけですね。では、ちょっとおさらいです。前回みたように、認知症で一番多いとされるアルツハイマー型だと、まず聴覚が苦手になりやすいとされます。一方で、後頭葉の血流障害や委縮はあまりない。つまり視覚の苦手は比較的起きにくいといわれます。

 

Bさん : だから目に見えるコミュニケーションだとうまくいくんでしたよね。

 

川畑 : ですね。認知症でない人であれば、コミュニケーションに聴覚も大きな役割を果たします。離れたところからでも「まだそこに座っててくださいねー!」なんて声で呼びかけられます。でも、認知症になると聴覚が苦手になりますから、視覚でのアピールが認知症の人に有効だと考えられます。なので、ジェスチャーなど視覚的に伝える方法を積極的に使っていきましょう、ということですね。言葉だけで「今からお風呂へ行って、そのあとご飯を食べて。今日は午後からリハビリで……」と一生懸命説明しているスタッフさんを見かけるかもしれません。

 

Bさん : いますね。でも、認知症の人からすると難しいですよね……。

 

川畑 : ですね。ちなみに、レビー小体型認知症の方の中には幻視や見間違いがある場合もあるけれど、それも個人差が大きい。つまり「出る人もいるし、出ない人もいる」。いずれにせよ、大事なのは「得意な部分はどこ?」と考えて、その人の残存能力を活かすことです。

 

Bさん : その人がまだ持ち合わせている力は何か……苦手なところに注目するよりも「どこがまだ得意なんだろう」と考える視点が大切っていうことか。

 

川畑 : どうしても認知症で一般的に注目されるのは「苦手」の部分です。20代前半にかけて認知機能がグーっと高くなって、記憶力は20代、知識量は50~60代がピークで、それ以降は下がっていき、認知症になるとさらにグンと落ちて……という感じですね。そうなると、頭の中にたくさんあった言葉が「少ない」と感じるんです。今、私が持っている飲みかけのペットボトルに入っている水をイメージするとわかりやすいかもしれません。この水、どのくらいありますか?

 

Bさん : ちょっとしかないな、と思います。

 

川畑 : ですね。でも、もし砂漠をさまよっているときだったらどうでしょう? きっと、この水がすごくありがたいでしょうね。この水も認知症の人の能力と同じで「ちょっとしかない」と感じるのではなく、「まだまだ水があるぞ」と思えるかが重要なんです。

 

Bさん : 見方しだいということですね。でも、私の経験で振り返ると、「急にできたりできなかったり」ってあるなと感じるんです。どういう理由があるんでしょうか?

 

川畑 : 簡単に言うと、「苦手になった部分」と「まだ得意な部分」が混在していて、それが日や時間帯によって変化するからなんです。でも、そのなかでも幼少期や若いころの思い出などの長期記憶、身体で覚えている手続き記憶が残っていることが多いですよ。

 

Bさん : 自転車の乗り方だったり、お料理での包丁の使い方なんかですね。

 

川畑 : そうです。そうした「得意なこと」の一つに感情記憶があるんです。コミュニケーションで重要なのが「あの人は優しい」「あの対応は嫌だった」なんていうのは、長く残っていることが多いんですよ。

 

Bさん : だからこそ、優しいと思われる動作や仕草が大切ってことですね。

 

川畑 : そのとおり。マスクを外して表情を見せるのは、相手への安心感や親密感を与える意味もあります。「私のことを覚えてほしい」という2次的な効果も狙えるんです。

 

Bさん : 認知症の人の残存能力のうち、感情記憶にアプローチする視点ですね。前回、マスクを外すことが意外に大事という話がありましたが、マスク越しだとみんな同じ顔に見える、という利用者さんもいました。

 

川畑 : ですよね。誰に相談したらいいかわからなくなるので、「私は大丈夫ですよ」「あなたの味方ですよ」と伝えるために表情を見せると、意外と早く覚えてもらえたりする。

 

Bさん : でもですね、川畑さん。教科書なんかにも書かれていますよね。「身振り手振りを交えながら話しましょう」って。でも、実際にはうまくいかないこともあって……。

 

川畑 : そこには「落とし穴」があるからなんですよ。実は、身振り手振りを言葉と「同時に」出しながら話すのは、私たちが普通にやっていても、認知症の人には負担になる場合があるんです。言葉とジェスチャーを同時にされると、どっちに集中していいかわからなくなって混乱してしまう。試しに、右手は「えい・えい・おー」で交互に上げ下げしながら、左手は前後にグーパーグーパーとリズムを合わせて動かしてみてください。ごちゃごちゃなりませんか?

 

Bさん : 本当だ……。認知症の人にとってはこんな感じなんですね。

 

川畑 : いわゆるデュアルタスクってやつですね。だから動きと声をズラして使うのがコツ。動きを先に見せて、そのあとで少しゆっくり言葉を……腹話術師のいっこく堂さんの「あれ? 声が、遅れて、聞こえるよ」方式ですね。

 

Bさん : おお!

 

川畑 : 最初はぎこちなくても、1時間も練習すればできるようになりますよ。「身振り手振りを交えて」というのは、タイミングしだいなんですね。全部の言葉を聞き取れなくても、「あ、水を差し出そうとしてるんだな」と気づいてもらえれば、それでOK。結果として理解度が高まり、安心してもらえる。マスクをちょっと外すだけで「不快」を取り除けたように、日常のコミュニケーションがスムーズになります。

 

Bさん : アクションをした後に、話す。さっそく意識してやってみます。

 

川畑 : その意気です! コミュニケーションがとれてくれば、人によって「ジェスチャーの割合を増やしたほうがいいな」「聞こえる力はあるから言葉を多くしても問題ないな」なんていう判断もしていくこともできますね。次回はジェスチャーだけでは十分じゃない場合に、言葉の面で工夫できることをお伝えしますね。

 

Bさん : よろしくお願いします!


川畑智さんのプロフィール

理学療法士、熊本県認知症予防プログラム開発者、株式会社Re学代表
1979年宮崎県生。病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立。熊本県を拠点に病院・施設・地域における認知症予防や認知症ケア・地域づくりの実践に取り組み、県内9つの市町村で「脳いきいき事業」を展開。ほかに脳活性化ツールとして、一般社団法人日本パズル協会の特別顧問に就任し、川畑式頭リハビリパズルとして木製パズルやペンシルパズルも販売。年間200回を超える講演活動のほか、メディアにも多数出演。著作に『マンガでわかる! 認知症の人が見ている世界』シリーズなど。