ソーシャルワーカーに知ってほしい 理論とアプローチのエッセンス 第9回
2025/05/07

神経言語プログラミング(NLP)
経験、コトバ、自己イメージの関係を探ったとき、脳につくられる「フレームワーク」、つまり「認知」について知った。この「認知」の力を活用することで、何を変えることができるのかを探ってみよう。
【著者】
川村 隆彦(かわむら たかひこ)
エスティーム教育研究所代表
「エンパワメント」や「ナラティブ」等、対人支援に関わる専門職を強めるテーマで、約30年、全国で講演、研修を行ってきた。
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神経言語プログラミング(NLP)
神経言語プログラミング(Neuro-Linguistic Programing)は、1970年代、アメリカのリチャード・バンドラーとジョン・グリンダーによって開発された。英語の頭文字をとってNLPと呼ばれる。Neuroは脳の働き(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、身体感覚などの五感)、Linguisticは、言語、非言語で表現する情報、そしてProgramingは、脳に組み込まれる行動パターン(脳のフレームワークのこと)を表す。
NLPは、五感や言語による体験が、脳のプログラムに組み込まれ、言語や行動パターンをつくり出すことに着目している。つまり、脳のプログラムを書き換えることで、新しいパターンを生み出し、それによって問題を解決していこうとするアプローチだ。
五感や言語には、脳のプログラムを起動させる力がある
3月初旬のことだった。車を運転しながらラジオを聴いていると、卒業ソング「旅立ちの日に」が流れてきた。印象的なピアノのイントロがはじまると、私の脳が起動し、昔、出席した子どもたちの卒業式の映像が流れはじめた。これは五感や言語の力によって、脳の映像にアクセスする経験である。
次の文章を自分で、あるいは誰かに読んでもらおう。
夏の放課後、体育館は熱気であふれていた。両チームとも、すでに練習を終え、汗をふいている。やがて試合が開始された。私は、ボールを回す選手たちの、素早い動作を追いかけた。ドリブルするたびに、古い床が音をたてた。やがて仲間のパスを受け、シュートを決めた。その瞬間、湧き上がる歓声を耳にした。試合は、ギリギリまで勝負がつかなかった。私は、相手選手と競り合い、ボールを奪い、最後のシュートを決めた。その瞬間、大歓声とともに終了のホイッスルが鳴った。興奮が収まらないまま、私は体育館を出た。空は青く、涼しい風が顔に吹き付けた。
読みながら(聞きながら)、あなたの脳に、どんな映像が浮かぶだろう? あなた自身のバスケットの経験、あるいは応援した記憶が起動し、頭のなかで映像が流れたかもしれない。確かに、五感や言語には、脳のプログラムを起動させ、「あたかも今、その経験を感じる」感覚を再現する力がある。
アンカリングを活用する
五感(N)や言語(L)の力を借りて、「成功したプログラム(イメージ)」にアクセスできる、アンカリングという手法がある。これは行動理論の〈刺激-反応〉を意図的にリンクさせ、成功したプログラムに、スイッチを介してショートカットでアクセスする方法だ。
あるラグビー選手は、敵に吹っ飛ばされ、倒れたときは、リストバンドを「パチン」と引っ張り、スイッチを入れ直すことで気持ちを切り替え、一瞬のうちに理想的な脳のプログラムに入り込むそうだ。リストバンドが彼のアンカースイッチであり、この選手の最も成功したときの映像(プログラム)とリンクしている。
NLPは脳の取り扱い説明書
脳のプログラムを書き換えるには、脳の特性を知る必要がある。例えば、脳は「1点集中」で、同時に2つのことに集中できない。
脳の前にいすが1脚あるとイメージしよう。あなたの脳は、そこに置かれた1つの映像だけを見ており、他のものは見えない。だからそこに「成功した映像」を置くなら、ラグビー選手のように、気持ちは上向くだろう。しかし「失敗した映像」を置くなら、落胆してしまうのだ。
大切なことは、いすに何を置くかを自分で決めることだ。そうしないと脳は勝手に失敗の映像を次から次へと流しはじめ、あなたを苦しめることだってある。
NLPのエッセンスを使ったカウンセリング
一般的なカウンセリングでは、相手がつらいと感じることに焦点をあてて聴こうとする傾向がある。ところがそれは、NLP的には、相手の脳を、つらかった過去の映像に集中させてしまうため、逆効果だと考える。
職場で厳しく叱責されたことがトラウマとなったクライエントと話したことがある。まず「最も楽しかった経験は何ですか?」と尋ねると、「友人たちと沖縄へ行ったこと」だと答えた。そこでその映像をリアルに思い出してもらうために、細かく質問した。
「一緒に行ったメンバーは? どんな色の服装? 夏の青空や雲の白さ、海の色、潮の香りや温かな風を覚えているか?」
クライエントは、語り続けることで、カラーの映像にアクセスしていった。その映像をさらに動画のように動かすように伝え、楽しかった経験にアクセスできる回路をつくり終えた。
次に職場で叱責されたシーンを尋ねると、脳はすぐにその映像を見はじめた。からだは震え、今にも泣きそうな表情だった。そこで「その映像が動画ならば静止画に、カラーなら白黒に、等身大ならば、小さくするように伝えた」
その後「白黒の静止画に変換したものを、さらに遠くへ動かしましょう……。最後に、その豆粒のような物体を壊してしまいましょう……。そうすることでいすの前から消えてしまいます……。代わりに、先ほどの楽しかった映像をいすに乗せましょう」と伝えた。
こうしたユニークな手法を通して、否定的な脳のプログラム(映像)を肯定的に書き換えてしまうのだ。
NLPは有効な心理療法だが、あまりにも早く効果を出してしまうことで、当時の研究者たちに受け入れられなかった経緯がある。そのためなのか、対人支援よりは、ビジネスの分野で発展していった。今後はもっとソーシャルワークの分野で、NLPを取り入れるべきだと私は確信している。
次回は、ソーシャルワークのデフォルト的な手法として定着している「問題解決」「課題中心」について解説したい。