死をことほぐ社会へ向けて 第6回
2025/04/18

「健康第一」から離れて ……健康とは何か
誰にもいずれ「死」は訪れる。多死社会を迎えた現在の日本において、いずれくる「死」をどのように考え、どのように受け止め、そして迎えるか。医療、介護・ケアの問題とあわせて、みなさんも一緒に考えてみませんか。
名郷 直樹(なごう なおき)
武蔵国分寺公園クリニック名誉院長
1961年、名古屋市生まれ。自治医科大学卒業。へき地医療に従事した後、2011年に西国分寺で「武蔵国分寺公園クリニック」を開業。2021年に院長を退き、現在は特別養護老人ホームの配置医として週休5日の生活。
著書に『いずれくる死にそなえない』(生活の医療社)、『これからの「お看取り」を考える本』(丸善出版)など。
人生の困難さに対処する方法を、YouTube(名郷直樹の診察室では言いにくいこと)で発信中。
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WHOの定義に見る「健康」の限界
前回、「健康より生活」ということを書いたが、そもそも健康とは何かについて考えてみる。
まず「健康」である。WHOの定義が有名だが、高齢社会においては、すでに時代遅れだと思う。日本訳がホームページで確認できる(
https://japan-who.or.jp/about/who-what/identification-health/
)が、以下のようなものである。
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(state of complete)にあることをいいます」
一時期「スピリチュアル:霊的、ダイナミック:動的」を追加するかどうかという議論があったが、最終的には採択されていない。
この定義に関して言えば、「すべてが満たされた状態」という部分が、この定義の不健康さを象徴している。人間の欲望にはキリがない。特に医療が進歩した社会では、満たされる方向に向かって、際限のない健康を求める世の中を作ってしまう。すべてが満たされることなどない「健康第一」社会である。実際に日本ではそういう傾向がある。この現状に対して『「健康第一」は間違っている』(筑摩書房、2014年、
www.chikumashobo.co.jp/product/9784480016058/
)という本を以前に出したので、読んでもらえれば幸いである。
「すべてが満たされなくてもいい」生き方
そこで筆者自身は健康をどう定義するか。「霊的、動的」を入れたところで「すべてが満たされた状態」というのであれば、たいして変わりがないと思う。修正すべきはそこではない。「すべてが満たされた状態」の部分である。これに対して私が提案したいのは、「すべてが満たされなくても幸せに生きることができる状態」というものだ。
日本のような高齢社会では、肉体的には、がん、脳卒中、心不全、骨折などに対する医療提供で一時的な改善は可能だが、全体的には衰えるほかない。精神的には、高齢になるほど認知機能の低下は避けられない。認知症に対しては、今のところ進行を遅らせるレベルの治療しかない。社会的には定年があり、仮に定年がなくても、以前ほど仕事ができなくなり、年金や貯金に頼る生活へと変化していく人が大部分である。それにもかかわらず、「すべてが満たされた状態」とはいったいどういう状態なのか。そこは正直に「満たされなくても大丈夫な状態」と言った方がいいと思う。そもそもこの格差社会で、「すべてが満たされた状態」にある人というのは、自分にしか関心がない人だろう。満たされない他者の存在に気が付くだけでも「すべてが満たされた状態」とは言えない。それに気が付かない人を健康と呼ぶわけにはいかないのではないか。WHOの健康の定義は、高齢化を棚上げし、理想を語っているという面では理解できるが、現実にはあり得ないものを健康として定義している。 健康は不健康を含む。常に満たされない部分が残る。さらに、加齢に伴って満たされない部分が多くなる。それは避けがたい。避けがたいのであれば、満たされない責任は本人にはないということだろう。その責任は社会全体として負うべきものだと思う。健康が徐々に失われ、満たされない状態に対して、他者からどのような支援が必要なのか。一つは医療である。ただ、いずれ失われていく健康に対して、最終的に医療は無力である。しかし、健康を目指そうが、目指さないでおこうが、介護・ケアは提供できる。健康に対して、医療だけでなく、介護・ケアの役割をもっと重視していくことが「すべてが満たされなくても幸せに生きることができる状態」につながっていくのではないだろうか。
健康は不健康を含むことに関して、以前学会で講演したことがある。その時使用した資料がYouTube上にあるので、紹介しておく。ご視聴いただければ幸いである。
名郷直樹の診察室では言いにくいこと「健康でいるのは大変」、YouTube、
https://www.youtube.com/watch?v=Gwf8KBfXWWw