知ってるつもりの認知症ケア 第4回 “2万回言う”覚悟が仲間を変える!?

2025/04/04

川畑智

 

認知症の人に接するときには「認知症の人の見ている世界」を正しく理解することが大切です。それによって適切で質の高いケアを提供でき、利用者は認知症になっても安心して生活することができます。
……とはいっても、さまざまな仕事をこなす日々の業務のなかでは、理想どおりのケアを行うことは一苦労です。
この連載では、認知症ケアの第一人者である理学療法士の川畑智さんのもとに、悩み多き介護職の方々が訪れ、ともに「現場のリアルな困りごとを理想に近づけるためのヒント」を模索していきます。
理想論ではなく、認知症ケアのリアルなつまずきにスポットを当ててみたいと思います。


Aさん:ここまで問題解決のためにチームで合意をとることが大事、という話でしたけど、まずはどういうふうに切り出すのがいいんでしょうか。
 

川畑:悩みや不安を抱えているなら、こんなふうに話してみてもいいと思います。「言葉にすると酷い人みたいに聞こえるかもしれないのですが、何度もトイレの訴えがあるあの人にイライラしちゃうんです。みなさんはどうしてますか?」「この人のトイレに行きたいという望みを叶えたいんですが、その場合は業務が遅れても大丈夫でしょうか?」と。
 

Aさん:そのくらい率直に言ってしまったほうがいいんですね。
 

川畑:そう思います。こうやってチームで合意が得られていれば、認知症の人に対する不安が消え、悩みが悩みではなくなってくる可能性があるんです。
 

Aさん:なるほど……。担当業務や役割を気にすると、どうしても個人プレーになってしまいますからね。
 

川畑:そうなんです。だからたとえば「○○さんのトイレの訴えが多いので、この業務は抜けていいですか?」と気軽に言い合える雰囲気があって、お互いさまだよねという合意が取れれば、自然に解決できることは増えていくはずです。
 

Aさん:曖昧に「認知症ケアの難しさ」と一括りにしていたものを整理すれば、真の問題も見えて、手をつけやすくなるのかもしれませんね。
 

川畑:ところで、現場にいるときに別のスタッフを見て「あの接し方は認知症の人を不穏にしやすいのにな」と思うことってありませんか?
 

Aさん:ありますね。人のことだと気づきやすかったりしますし、自分もやっているかも……と思うこともあります。
 

川畑:ですよね。もちろん本人が悪気はないんですよ。だけど、声かけのタイミングや言い方が原因で利用者さんが混乱してしまう。いろんな場面でBPSDを引き起こしてしまう「BPSD製造機」みたいな人には、誰かがアドバイスすることが大切ですが、何度言ってもわかってくれないから諦めたくなる、なんてこともあるかもしれません。
 

Aさん:たしかにいるかもです、そういうスタッフ。周りの先輩もサポートしていますが、なかなかすぐは変わらないというか。
 

川畑:そういうときにどうするか。私がよく言うのは「なかなかわかってくれないスタッフには2万回説明する」と決めちゃうんです。5回くらい同じことを説明して「もう言ったでしょ」とイライラしてしまうのは、実は数が少ないから。失敗しても「2万回言うから大丈夫だよ」と言ってみてください。
 

Aさん:2万回って相当ハードル高いですけど……。
 

川畑:極端ではありますが、先に「2万回言うよ」と宣言しておくと、言われた側のスタッフも「そっか、まだ1回目だな」と思えますし、「何度も言われたくないから、ちょっと聞いてみようかな」という気分になるかもしれない。あるいは「本当に2万回言われるのは困る」と気づいて行動を変えるかもしれません。
 

Aさん:最初から「2万回言うから大丈夫」って言われたら、「ちょっとでも早く覚えたほうが楽かも」って思います(笑)。
 

川畑:実際、そのスタッフも教科書などでは勉強していて、記憶障害や認知症の特性を知っているはずなんです。それを反射的に「さっきも言ったでしょ」ってイライラするのは問題の解決にはなりません。
 

Aさん:建設的ではないかもですね。
 

川畑:ですね。前回、自己覚知についてお話ししましたが、イライラの原因となっている要素を分析してみると、問題の整理に役立つかもしれません。私たちはどんなときにイライラするでしょうか?
 

Aさん:たくさんありますけど……。思うように業務が進まなかったり、急に誰かが抜けて人手が足りなくなって忙しくなったときですかね。
 

川畑:つまり「期待以下の場合」ですね。たとえばテストを受けたときに「今日のテストはきっと90点だ」と思っていたら、実際は65点だった。そうすると「あれー?」とイライラするかもしれませんね。でも、最初から「たぶん65点くらいかも」という手応えなら「まあ、頑張ったかな」となるでしょう。あるいは「ここ美味しいよ!」と言われて行った飲食店の看板メニューが「うーん、普通だな」だったりすると……。
 

Aさん:器の小さい話ですけど、わかります(笑)。イライラというかがっかり感がメンタルによくない気がします。
 

川畑:まさに。先ほどの人手不足の話だと「タイミングのズレ」が原因になっている場合もありますね。ランチを食べに行って「すぐに入れます」と言われたのに、なかなか案内されないとか、ですね。
 

Aさん:食べ物の例が多いですね。
 

川畑:まあまあ。あるいは、電車やバスが目の前で行ってしまうとか、急に雨が降り出すとか。そういうときはイライラしちゃうじゃないですか。同じように、「この業務をやっている最中にトイレに行きたいと言われた」というのもタイミングのズレですよね。
 

Aさん:これも期待と同じくギャップが要因となっている感じですかね。
 

川畑:そして最後は「人間関係の不足」です。これはイメージしやすいですね。永遠の課題とも言えるかもしれません。
 

Aさん:そうですね。
 

川畑:少し話を変えて、利用者との関係性について考えてみましょうか。利用者とのふだんの会話を思い出してみてください。
 

Aさん:朝は「おはようございます」から始まって「お食事ですよ」「トイレに行きましょうか」「お風呂に行きますよ」「お茶はどうですか」「横になりませんか」……。
 

川畑:ですね。業務に関する会話は多くなってしまいますよね。けれども、私たちって日常だともっといろんな話をしますよね。「昨日のあのテレビ見ました?」「この前言っていたお店、行ってきたんですよ」なんて。でも、利用者に対しては「大丈夫ですか?」「どうされました?」が中心になってしまいがちです。
 

Aさん:利用者さんを思ってのことなんですけどね。
 

川畑:いきなり「大丈夫?」と言われても、「え? 何が?」って戸惑うかもしれませんよね。まずは名前を呼んで、「○○さん、ずっと座ったままだけど、お尻痛くないですか? 大丈夫ですか?」と聞いてみる。そうすると「私のお尻を気にしてくれている」とわかるから、自然に返事もしやすいんですよ。
 

Aさん:何が「大丈夫」なのかわからない」という状況は避けられますね。
 

川畑:人によっては褥瘡の予防だったり、体位変換を気にしていたりするわけで、「どうしてそう聞くのか」を伝えてあげると相手も安心するんです。
 

Aさん:なるほど。具体的に伝えてあげることで理解しやすくなるんですね。認知症の人に対しても同じですね。
 

川畑:ですね。現場では「認知症の症状」ばかりを注目して「症状にこう対応しよう」と考える医学的アプローチ(キュア)はもちろん大切です。でも「ケア」の視点も重要だし、さらには「コミュニケーション」の観点も欠かせません。私はこの3つの「C」が大事だと思っているんですよ。
 

Aさん:キュア、ケア、コミュニケーションのどれも外せないということですね。
 

川畑:だからこそ、チーム全体で、コミュニケーションの取り方を工夫しようよ、という話なんですね。「2万回でも言おう」とか「意識を変えよう」と合意が得られていれば、認知症の人に対するケアも変わってきます。私たち自身の不安やイライラが解消するきっかけになるんですよ。
 

Aさん:結局、認知症の人だけが問題じゃなくて、私たちがどれだけ意識して取り組めるかということなんですね。
 

川畑:そうです。そこが一番のキーポイントになります。ここまで遠回りしながらも、基本の考え方をお伝えできていたら嬉しいです。
 

Aさん:まずはチームで話してみたいと思います。ありがとうございました!


川畑智さんのプロフィール

理学療法士、熊本県認知症予防プログラム開発者、株式会社Re学代表
1979年宮崎県生。病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立。熊本県を拠点に病院・施設・地域における認知症予防や認知症ケア・地域づくりの実践に取り組み、県内9つの市町村で「脳いきいき事業」を展開。ほかに脳活性化ツールとして、一般社団法人日本パズル協会の特別顧問に就任し、川畑式頭リハビリパズルとして木製パズルやペンシルパズルも販売。年間200回を超える講演活動のほか、メディアにも多数出演。著作に『マンガでわかる! 認知症の人が見ている世界』シリーズなど。