知ってるつもりの認知症ケア 第3回 そのイライラは誰のせい?
2025/03/21

川畑智
認知症の人に接するときには「認知症の人の見ている世界」を正しく理解することが大切です。それによって適切で質の高いケアを提供でき、利用者は認知症になっても安心して生活することができます。
……とはいっても、さまざまな仕事をこなす日々の業務のなかでは、理想どおりのケアを行うことは一苦労です。
この連載では、認知症ケアの第一人者である理学療法士の川畑智さんのもとに、悩み多き介護職の方々が訪れ、ともに「現場のリアルな困りごとを理想に近づけるためのヒント」を模索していきます。
理想論ではなく、認知症ケアのリアルなつまずきにスポットを当ててみたいと思います。
Aさん:前回は、認知症の人のことを理解すると、真の問題が見えてくるというお話でしたね。
川畑:ですね。私がお伝えしていることは「もう一つの目線から見るとどうでしょう?」という提案です。そこで見えたのがチームケアの大切さでした。
Aさん:繰り返しトイレに行きたいと訴える利用者に対しては、仕方がないと思いつつも業務優先で「申し訳ないけど、できる範囲で我慢して」となっています。だからこそ自分たちに目を向ける、と。
川畑:そういうことです。私たち自身の「症状」に目を向けると、もしかすると、ほかのスタッフに嫌われたくない気持ちや、仲良くしておかないと働きづらくなるという不安があるかもしれません。
Aさん:そういった業務に対する不安を、認知症の人への不安だと思ってしまっていたんですね。
川畑:そうなんです。認知症の人はBPSDによって不安が高まる傾向にありますよね。「財布がない」と感じて不安になることなんて、しょっちゅうです。それに対して「自分で探してください」と放置すると「なんで探してくれないの?」と不満になってしまう。その不満を放置すれば不信になって「あなたが盗ったんじゃないの?」と思うかもしれません。
Aさん:いわゆる「もの盗られ妄想」ですね。
川畑:そうなると人も場所も信じられなくなって「あなたが嫌! この施設が嫌! 私は帰りたい」といった不穏になる。まさに「穏やかであらず」な状況に陥るわけです。
Aさん:不安から不満、不信、不穏に至る4ステップですか。たしかに、そういう流れになっていくのもわからないではないですね。
川畑:認知症の人だけの話ではなく、私たちにもある心理的な症状です。たとえば、業務が予定どおりにいかないかもしれないという不安が現実になれば不満として表れるでしょう。それが「なぜあの人はわかってくれないのかな?」と感じると不信になり、しまいには「あの人は厄介だ」なんて思って不穏になってしまう。
Aさん:あぁ……。自分自身がイライラしているときの流れを見直すと、けっこう同じような過程をたどっているかもしれません。
川畑:そうでしょう? 認知症の人がBPSDを起こすときに、医師から「抑肝散」が処方される場合がありますよね。イライラを抑えて、心を落ち着かせる効果があるとされているお薬です。昔は「かんの虫を抑える」という表現がありましたが、肝臓のはたらきを調整してストレスを減らすと考えられているんですね。
Aさん:個人差もありますが、抑肝散を飲むと落ち着いてくれる人は多いですね。
川畑:あるとき、認知症のお母さんを介護している娘さんが「私もイライラするので、お母さんの抑肝散を飲んでみたら、スーッと楽になった」と話してくれたんです。それを聞いたときに「実は認知症の人だけじゃなく、介護する私たちもBPSDみたいに不安の連鎖に陥っていたのかも」と気づきました。
Aさん:市販の抑肝散もありますもんね。その発想の転換はおもしろいですね。
川畑:繰り返しになりますが、大事なことなので何度も言いますよ。認知症の人へのケアを考えるときは、私たち自身が自分に向き合ってみることが必要になります。認知症の人はなかなか変わらないですからね。
Aさん:記憶が苦手な人に「しっかり覚えておいて」と言っても……。僕たちの顔だって何度も見ているのに、次の日にはすっかり忘れていたりして。
川畑:だからこそ「覚えてもらう努力」より、名前が出なくても「この人といるとなんだか穏やかでいられる」という雰囲気を感じてもらうことのほうが大切になってくるんです。
Aさん:相手を変えようとするのではなく、自分たちがどうサポートできるかをまず考える、という感じでしょうか。
川畑:そうですね。たとえば、何度もトイレに行きたいと言われて、そのたびに連れて行くのは正直大変です。それを拒否しているうちに、お互いのイライラが溜まって「認知症のあの人が嫌だ」という考えになりがちです。ただ、私たちがイライラしているのは「そのたびに自分の業務が止まる」と思ってしまうこと。ここで大事になるのが「自己覚知」です。
Aさん:聞いたことあります。これも教科書に書いてあったような……。自分のことをよく知ることですね。
川畑:ですね。今までの話で言えば、自分が何にイライラしているのかを言葉にしてみるんです。そうすると「業務が止まるのが嫌→じゃあどうやってカバーしよう」という発想に切り替わります。
Aさん:なるほど。それを自覚すれば、スタッフ同士で「どうすればいいか」を話しやすくなるかも……。
川畑:急には難しいと思いますが、少しでも「業務が止まりそうだけど、何かいい方法はないかな」と考えられるようになると、次のステップに進めます。自分ひとりで抱え込むと、理想と現実のギャップに突き当たるばかりで解決は難しいですが、どうやったらお互いにうまくやれるかをスタッフで話し合うことが第一歩です。
Aさん:何度もトイレに行くこと自体がいいとか悪いとかではなく、建設的に考えようということですね。他のスタッフも同じことで悩んでいるかもしれないですし。
川畑:そうです。「この人は何回目には必ず連れて行こう」「そのぶん業務は誰かがカバーしよう」と申し合わせができると、理想のケアに向かって進みやすくなる。新人かベテランかは関係なく、悩みを共有すれば問題解決の糸口が見つかること、意外と多いんですよ。次回は、これまでの話を簡単に振り返りつつ、自己覚知についてもう少し掘り下げたいと思います。
Aさん:よろしくお願いします!
川畑智さんのプロフィール
理学療法士、熊本県認知症予防プログラム開発者、株式会社Re学代表
1979年宮崎県生。病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立。熊本県を拠点に病院・施設・地域における認知症予防や認知症ケア・地域づくりの実践に取り組み、県内9つの市町村で「脳いきいき事業」を展開。ほかに脳活性化ツールとして、一般社団法人日本パズル協会の特別顧問に就任し、川畑式頭リハビリパズルとして木製パズルやペンシルパズルも販売。年間200回を超える講演活動のほか、メディアにも多数出演。著作に『マンガでわかる! 認知症の人が見ている世界』シリーズなど。