支援現場の虐待から考える
障害者虐待にかかわるある事例研究会に出席しました。ここで提出された事例の一つに施設従事者等による虐待ケースがあり、かなり悪質なものではないかと懸念しています。
事例の詳細を記すことはできませんが、事業所を開設する段階から経済的略取を目的としていたのではないかと疑うことのできる事例でした。「施設従事者等による虐待」において目的意識的な悪意に由来するものが含まれるのは、残念ながら事実です。ただし、このタイプは決して多数ではなく、例外的なケースだと考えています。
大阪のあいりん地区周辺の医療機関の中には、生活保護の医療扶助を悪用するところがあると指摘されてきました。不必要な検査・診療を積み上げ、「濡れ手に泡」の診療報酬請求であくどく儲けるやり口です。ここでは、コミュニケーションや判断能力に困難のある人をターゲットにして、患者さんを言いくるめてしまうのです。つまり、障害のある人が「金づる」にされやすい。
また、この間、資格取り消しになったケアマネジャーの例では、介護事業所サイドの儲けが最大化するように要介護度の限度額すべてを使い切るような「お手盛りケアプラン」を作成する問題が指摘されてきました。おそらく、このような場合にもコミュニケーションや判断能力に困難度の高い人が狙われやすかったのではないでしょうか。
このような悪意に満ちたケースについては、しっかりした防止策を講じる必要があるでしょう。まずは、このようなあくどい手口を明らかにして、「Gメン」による抜き打ち監査で摘発できるようにする。そして、事業者については指定の取り消し、有資格者は資格の剥奪をそれぞれの処分と定めておく。この手の問題は、強力な権限を持った監督行政によって対応するほか有効な手立てはないのではと考えます。
しかし、本来的に悪意のない支援者や事業者の中で発生する虐待については、構造的な発生関連要因に対応する手立てを講じなければなりません。監督行政だけで防止できるものではないからです。
この間、「施設従事者等による虐待」の防止に関する研修の依頼が増えました。虐待防止法の施行から1年以上が経過し、虐待防止への課題意識が高まってきたこともさることながら、やはり千葉県袖ケ浦の虐待死亡事件などから危機感をもつ関係者も多いのではないかと感じています。
この養育園虐待死亡事件をめぐる第三者検証委員会の調査や提言について、読売新聞(2月17日朝刊千葉版)は次のように報じています。
- 県社会福祉事業団で入所者への虐待が確認されたのは、過去10年間で職員15人にのぼる。
- 県事業団は2003年に締結した県との覚書によって、民間施設で受け入れ困難な強度行動障害のある人を受けいれるように事業を特化してきた。検証委は「(死亡した)少年は暴行を受け始めた11年頃から自傷行為がひどくなった。時期的に符合している」と指摘し、暴行が症状の悪化につながった可能性を示唆している。
- 職員・幹部職員・理事長のすべてに虐待への認識不足や隠蔽体質があった。
- 指定管理者制度へ移行した2006年度から、退職金を除く人件費は24億3448万円から11億4913万円に半減し、平均月額給与は41万7893円から27万8611円に下がった。このような待遇の大幅な切り下げと強度行動障害の受け入れ開始が重なったことを理由に、04年度当初263人いた中堅を含む正規職員が05年度に143人退職し、非正規職員で補った。
- 元職員は「正規と非正規では給与や勤務体系などが違う。職員同士の事例研究会や雑談がどんどんなくなっていった」と振り返り、職員の大幅な入れ替えによって支援の経験や知識が引き継がれないまま推移したことが暴行の横行につながったとみられる。
これら報道の事実は、私がこの間のブログで、袖ケ浦の虐待の発生関連要因として指摘してきたもののほぼすべてを裏打ちしています。問題であるのはこのような施設現場の困難は、決して千葉県社会福祉事業団だけではないという事実です。しかも、このような事態が全国の施設で出来した時期も、2003~06年と共通しており、それは障害福祉領域で社会福祉基礎構造改革の実行段階に入った時期と符牒が合います。
全国の県立施設や、社会福祉事業団方式から指定管理制度に移行した施設では、同様の問題を抱えています。県立や社会福祉事業団の職員だからといって待遇が民間よりも恵まれている保障はなくなりました。職員配置の「頭数」だけでは非正規職員を含めてかつてと変わりないようでも、職場の支援戦力は格段に落ちたところに、処遇困難ケースへ特化した受け入れをはじめることになります。今や、県立や社会福祉事業団の施設において、現場支援者の立場から言えば、実質的なアドバンテージなどほとんどないといっていい。
もちろん、「かつての措置制度時代の施設が良かった」などと主張する気は私には一切ありません。改革すべき課題は実に多いし、未だなお改善課題についての自覚に乏しい現場があることも事実です。しかし、利用者へのしわ寄せと犠牲が「虐待」の発生というかたちでまであらわれるような事態を放置することは、障害者の権利条約を批准した段階で許されることではないと考えます。
まず、竹信三恵子著『ルポ賃金差別』(ちくま新書、2012年)や本田由紀著『軋む社会』(2011年、河出文庫)で指摘される非正規雇用をめぐる問題が福祉現場にどのような矛盾をもたらしているのかを明らかにする必要があるでしょう。
次に、当面する現実的な手立てを明らかにすることです。
正規雇用と非正規雇用(これにもパート・有期・嘱託などさまざまですが)の組み合わせや職務分担をどのように構成すれば、現場の支援水準が維持できるのかを実践的に明らかにすることです。さまざまな介護・福祉サービスごとに一定水準の質を担保するためには、どのような職場のマネジメントが必要であるのかについてのガイドラインを示す必要があるのではないでしょうか。
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