物語を思い浮かべるご利益
事例の対応には、事例に関する情報の収集と整理が欠かせません。しかし、「全ての事情が分かるのは終結の時だ。」と言われるように、情報不足のまま、対応のマネジメント・サイクルを辿るのが常です。
そこで、情報の収集と整理の指針が欲しくなります。定型様式はそれなりに便利なのですが、帯に短し襷に長しであることが多いように思います。また、空白を埋めることに囚われて、対応が疎かになりやすくもあります。調査的になって信頼関係を損なうのはその好例でしょう。
そのため、私は、虐待発生に至る「物語」を思い浮かべることを指針にしてきました。
「物語」というと、一見エピソードが時系列で並んでいるだけだと捉えられがちですが、「物語」を思い浮かべることで、以下にあげた対応に必要な情報を、簡単に要約することができます。情報に不足や矛盾があると、「物語」は成立しません。「物語」を成立させようとするという意識は、体系的な情報の収集と整理を可能にします。また、「何がどうしてこうなったのか」、事前評価の核となる仮説も立てやすく、大変便利です。
対応に必要な情報の例
- 1 通報・届出の経路
- 2 通報・届出者の情報
氏名、性別、年齢、当事者との続柄、居所、職業、連絡先 - 3 虐待ないし虐待状況
虐待の行為類型とその頻度や期間、被虐待者のダメージの程度、直接証拠、間接証拠、補助証拠 - 4 当事者の家族構成や法的関係
- 5 当事者の人物像
- (1)基本属性
- ○性別、年齢、続柄、職業、連絡先
- (2)精神面
- ○人格、疾病、障害、行動パターン、典型的な一日のスケジュール、虐待の自覚、虐待による影響、主訴や希望の表明の可否やその内容
- (3)身体面
- ○ADL、IADL、疾病、障害
- (4)社会面
- ○当事者の役割と人間関係、養護者と高齢者の関係類型。ここでいう関係類型は、養護者が干渉(支配、溺愛)し高齢者がそこに依存、養護者が放任して高齢者は孤独化、養護者と高齢者は常に葛藤、必要な養護者が欠如して高齢者は孤立など
- (5)生活資源面
- ○経済と衣食住
- (6)その他
- ○病歴、学歴、職歴、転居歴、結婚歴
- 6 関係者に関する情報
○対応者を含め、家族、親族、知人、隣人の基本属性と、当事者への影響力(支援か阻害か無援か)
ご利益は他にもたくさんあります。
例えば、史的に俯瞰できますから、過去の人間関係が大きなリスク要因である事例にも適用できます。三世代以上にわたる物語として把握すれば、世代間にあるパターンや法則にも気づけます。家族療法のシステムズアプローチのように、「家族の成員が互いに影響を与え合うことで、問題(虐待)が維持されるという悪循環が生じている。」と考えることも可能です。認知行動療法のケースフォーミュレーションのように、個々のクライエントがどのように問題を形成しているか、その学習メカニズムに注目することもできます。さらには、当事者化する経緯が、エピソードとして含まれますから、短絡的な悪者探しを回避しやすくもあります。
慣れてくると、断片的な情報からでも、かなり事実を言い当てられるようになってきます。その一方で、連ドラを見ていると、つい「こんなことはあり得ない。」などと発言し、家族からひんしゅくを買うという副作用もあるようです。
※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。