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梶川義人の「虐待相談の現場から」

挑戦する心

 高齢者虐待の事例というと、対応が難しいとか面倒だと言う人は多いものです。以前、従事者対象のアンケート調査で、高齢者虐待の事例を自分なりに定義をしてもらったところ、全体の約半数は、「対応するのが難しい」とか「対応が面倒」と定義し、全体の約4分1は「できれば担当したくない」と定義しました。

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 もちろん、そうした気持ちはよくわかります。ですが、ソーシャルワーカーとして、長年、虐待など専ら対応困難事例を担当してきた私は、そのような現状をむしろ肯定的に捉えてきたところがあります。あるいは、そう思ってきたからこそ、やってきてこれたのかもしれません。
 具体的には、まず「対応が困難だ」とはいうものの、実際には、支援者側が「対応を困難化させている」ことが少なくないという点などが挙げられます。こうした状況への気づきが、対応困難事例に対して、何をどうすれば良いかという見通しを開き、事態好転の契機となるのです。しかも、ときにはこうした対応に対して「よくやった」と褒めてさえ貰えます。誰が担当してもうまくいくような事例なら、発想を少し変えたくらいでは、誰も褒めてはくれません。
 つぎに、対応困難な事例では、うまく対応できなくても、誰からも責められません。万一責められたら「うまくやれる方法があるものなら是非教えて欲しい」と言えばよいのです。ですから、失敗を恐れずに取り組んでいけるし、周囲から労らっても貰えます。対応が難しくない事例では、こうはいきません。
 また、対応困難事例をいくつも担当すると、いかにも大変そうにみえる反面、仕事量の調整がしやすくなるという側面があります。二言目には「大変な事例ばかり担当しているから、他の仕事は減らしてもらいたい」と交渉できるからです。もちろん、そういつも都合よくはいきませんが、担当事例の対応に専念できることは少なくありません。
 そしてなにより、高齢者虐待の事例では、多くの要素が複雑にからんでいますから、大変勉強になります。しかも、現実の事例をとおして学ぶ実学ですから、スキルアップにはうってつけです。かつて恩師から「この世に、ソーシャルワーカーが知らなくてよいこと一つもない」と言われましたが、この意味で、高齢者虐待の事例は、理想的な教材となり得ます。また、恩師からは「本当に得をするのは、クライエントよりソーシャルワーカーの方かもしれない。」とも言われました。確かに、いろいろな人生の期し方行く先を思い合わせる経験が積めるのですから、正に言葉通り、本当に得をします。映画やテレビ、小説に感銘するのもよいですが、作り物ではない実例のインパクトはさすがに大きいものです。
 もちろん良いことばかりではありません。沢山の難しい課題があることを思い知り、自分の非力や無能さに愕然としたことも一度や二度ではありません。いよいよ苦しくなって、不謹慎な話ですが、駄目で元々と、事例を実験台のように思って対応したこともあります。
 しかし、さまざまな課題をひとつずつ解いていくと、いつしか、でてきた課題のすべてに、答えをみつけたいという心境になるものです。もともと、私はハッピーエンドではないTVドラマや映画や小説が嫌いで、最終的には何か救いがあって欲しい思いが強いため、そんな心境になったのかもしれません。「挑戦する心」に火がつくとでも言うのでしょうか。
 ともかく、こうして、高齢者虐待への取り組みは、今や私のライフワークとなりました。


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プロフィール
梶川義人
(かじかわ よしと)
(仮称)日本虐待防止研究・研修センター開設準備室長、淑徳短期大学兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。
著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。
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