ソーシャルワーカーに知ってほしい 理論とアプローチのエッセンス
第3回 理想と現実
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第2回では「心の3層構造」について述べ、2層目(否定的な自己イメージ)を小さく、3層目(真実の私)を大きくする方法について学んだ。今回は、なぜ命の水が不足し、2層目が厚くなってしまうのか、その原因でもある「理想と現実」の関係について取り上げたい。
【著者】
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理想と現実の関係を理解する
あなたには追い求めてきた「理想」があるだろう。そして、それに届かない「現実」も経験したことだろう。これら「理想と現実の関係」を理解することからはじめよう。
あなたの理想と現実が、離れれば、離れるほど、精神的な葛藤は深まり、生きていく力が弱くなる。結果、心の2層目にある「否定的な自己イメージ」は分厚くなり、命の水は不足してしまう。
逆に、理想と現実が重なれば、重なるほど、自己を肯定する力が強まり、3層目の「真実の私」が増えていくことで、命の水も満ちていく。
つまり「心のコップに、命の水を豊かに注ぐ」には、理想と現実を可能な限り近づけ、2層目を小さく、3層目を大きくする必要がある。どうすればよいのだろう?
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理想と現実を近づける3つの方法
理想と現実を近づける方法が3つある。
まず理想を動かす。これは高すぎる理想を身近なものへと変えること。もしあなたが、北極星のように永遠に届かない理想をもっているなら、落胆するばかりだ。ただ、理想を下げることは、そんなに簡単ではない。それはなぜだろう?
ある友人は「負けだと思った…自分の劣等意識を埋めるために高い理想を掲げ、頑張ることで、誰かに認めてもらいたかった…」と打ち明けた。こうした無意識の葛藤を抱え、悩んでいる人々は多い。
2つ目の方法は現実を動かす。これは自分の能力を高め、忍耐強く努力すること。小さなことに継続して取り組み、成功体験を積み上げる方法は、確かに王道だが、時間と労力がかかる。そして必ずと言っていいほど、自分でコントロールできない状況が、重い石のように道を塞ぐため、努力することをあきらめてしまう。
そこで、理想と現実、双方の折り合いを、少しずつつけるという、第3の方法を一緒に考えてみよう。
理想と現実の折り合いをつける
折り合いとは、0か100という極端な考え方ではなく、理想と現実の双方を、数ミリずつ動かしてみることだ。言うのは簡単だが、実際に、理想と現実の折り合いをつけることは「痛み」を伴う作業だ。そのため「助け」が必要となる。もしあなたが、これから誰かの、理想と現実の折り合いをつけたいと考えるならば、次のことを覚えておこう。
理想と現実が離れていることの苦痛、恐れ、不安を聴き、十分に共感する
理想と現実が離れると心痛を感じる。想像してほしい。
なりたい自分には、到底届かず、幻滅する自分と向き合い続けるなら、心は苦痛、恐れ、不安でいっぱいになる。あなたがその気持ちを受け止め、共感するならば、相手は、温かさと安心を感じ、理想と現実の折り合いをつけるための決意を引き出すことができる。
理想を諦めることの悲嘆に寄り添う
たとえわずかでも、理想を諦めることは「喪失経験」であり、そこに悲嘆が伴う。
オリンピックで金メダルを目指した選手が、悲痛な表情で2位の表彰台にいるのを見たことがあるだろう。「2位なんだからすごいじゃないか」と彼らを慰めることほど、おろかなことはない。オリンピックほどではないが、理想を諦めることの悲嘆は、誰もが経験する。その悲嘆に寄り添うならば、理想は数ミリずつ動きはじめる。
動かない現実という重い石を、一緒に持ち上げる
現実という道を通るとき、いくつもの重い石があちこちに転がっているのが見える。それだけで「もう無理だ」と諦めそうになる。
以前、古い家の周囲に、暗渠をつくるため、穴を掘ったことがある。そこから巨大な石がゴロゴロと出てきた。その石を持ち上げようにも、1ミリも動かないので、友人たちに助けを求めた。大きな石にロープをひっかけ、2人が押して、2人が引っ張り、ようやくその石を持ち上げることができた。全員泥だらけだったが、「動かせた!」という爽やかな気持ちになれた。動かない石を一緒に持ち上げるならば、現実もまた数ミリずつ動きはじめる。
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うまく行かず、絶望を感じる人々と共に歩く
努力をしてみたが、それでも理想と現実の折り合いがつかず、絶望というトンネルで座り込んでしまう人だっている。
そのようなとき、あなたならどうするだろう? トンネルから遠く離れた場所で声援を送るだろうか? それとも中に入り、彼らと共に歩くだろうか? もしあなたが、暗がりの中へと向かい、絶望を感じる人々と共に歩くなら、彼らは再び起き上がることだろう。
理想と現実の和解
あなたが誰かを助けることで、彼らは理想と現実の折り合いをつけることができる。両者が重なり合い、和解していくとき、心の2層目にある「否定的な自己イメージ」は薄れ、3層目の「真実の私」と出会うことができる。そのとき、心のコップに命の水が豊かに注がれるのを感じることだろう。
理想と現実の折り合いをつけるには、聴き、共感し、寄り添い、一緒に持ち上げ、共に歩くということが大切だと述べた。次回、このことをさらに深めるため「聴くこと」や「共感すること」に焦点をあてた「Active Listening」を取り上げたい。
参考書籍
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