ソーシャルワーカーに知ってほしい 理論とアプローチのエッセンス
第1回 心のコップと命の水
人間関係において最も大切なことは、「心のコップ」に「命の水」を豊かに注ぐこと—このことは、ほぼすべての理論やアプローチの目指すことでもある。一緒に考えてみよう。
【著者】
あなたの心のコップと命の水
「あなたは心にコップをもっていて、そこに命の水をためている。コップの形や大きさ、水の量は人それぞれ違う。想像してみよう。あなたの心のコップはどんな大きさや形だろう? また、あなたの水の量はどのくらいだろう?」
こうした質問でワークショップをスタートさせたことを思い出す。参加者はノートに自分のコップの絵を描く。そして一呼吸置き水の量を記す。たくさん入っている人やほんの少しの人。「あなたなら、どのように描くだろう?」と想像しながら、この話を続けてみたい。
最初のステップ
「対人支援の理論やアプローチ」を長く研究してきた。よく聞かれる質問は「最初に何を学べばよいか?」。その答えが「コップと水だ」と伝えると、大抵の人は不思議そうに「どうして?」と尋ねる。理由はとてもシンプルだ。
理論やアプローチが目指すのは、問題を抱える人々の心のコップに、豊かな水を注ぎ、彼らが自分で問題を乗り越える力を持てるようにすること。これが最も大切なことである。
水は足りているだろうか?
誰もが、生きるために「命の水」を必要としている。この水で満たされるなら強くなり不足するなら枯れて弱くなる。あなたの心のコップを思い浮かべ、自問してみよう。「水は足りているだろうか?」「水とは何だろう?」
カール・ロジャーズの「温かな人間関係」
植物が、水、太陽、土壌等、条件が整えば成長するように、あなたは「温かな人間関係」があれば成長する—そう語ったのは、クライエント中心アプローチで有名な、カール・ロジャーズだ。彼は「ありのまま受け入れられ」「無条件で、肯定的な関心を受ける」ならば、心のコップに命の水がたまると教えた。「温かな人間関係」は、あなたにとって命の水になるだろうか?
エリック・バーンの「ストローク」
交流分析をつくったエリック・バーンは、水を「ストローク」と呼び、「存在を認めること」だと教えた。それは「あなたは、ここにいてもいい」という安心感をもたらすメッセージ、精神的な満足感を与えてくれる刺激。あなたが、こうしたストロークを受け、存在を認められるなら、心は満たされ、豊かに成長できる。
しかし、人間関係が希薄な社会では、ストローク(水)は、簡単に得られない。そこで人々は渇き「汚れた水でもいいから心を満たしたい」と切望しゲームがはじまる。この考え方は、現代社会で生きる私たちを見事に描写している。
ゲームとは汚れた水を集めること
水が不足すると、自分や相手を否定し、巧妙な駆け引きにより、汚れた水を集めようとする。相手の誘いに乗り、言い争う。分かっていてもゲームに突き進み、後味の悪さ(汚れた水)で心を満たす。
夫婦や親子の喧嘩を思い出す。相手の売り言葉に乗ってしまい、「ああ、このままだと、またいつもと同じパターンになるな」と気づいても、止められず、最後「やっぱり、同じ繰り返しだった」と両者とも悪感情になる。そんな経験があるだろうか?
最も大切なこと—水を注ぐ
解決策は至ってシンプル—それは「ゲームを止めて、水を注ぐこと」。汚れた水を求めあうために、自分や相手を傷つける必要などない。互いにもっと綺麗な水を注げばいい。何度も繰り返すが、人間関係において、最も大切なことは、水を豊かに注ぐことなのだ。それは、ほぼすべての理論やアプローチが目指すことでもある。
大切な4つのこと
あなたができる大切な4つのことを伝えたい。まず自分のコップの水の量に気づこう。そして、もし水の量が不足していると感じたなら、すぐに足してほしい。そのとき、「注ぐべき水を見分ける」ことが何より必要だ。「私にとっての水とは何だろう?」「どうすれば、その水を受けることができるだろう?」と自問してみてほしい。
この社会には「代用品(汚れた水)があふれている」。どんなに注いでも、心が満たされないなら、それはあなたが必要とする水ではなく、単なる代用品だと気づいてほしい。今、SNSはなくてはならないツールになったが、心が満たされないならば、それもまた代用品なのかもしれない。
あなたと他者の求める水の違いを知ることも大切だ。ある夫婦の話。夫が妻に求めたことは、手をつないだり、ハグしたり、それが水だったが、妻にとっての水は、夫が家事を手伝ってくれることだった。こうした場合、両者の求める水について話し合う必要がある。
コップと水を「可視化」しはじめたあなたへ
見えないものを見えるようにすることを可視化という。あなたは自分の「心のコップ」や「命の水」を可視化しはじめた。人は見えないものを恐れる。しかし可視化してしまえば、それは「確かに見える、存在するもの」となり、もう恐れる必要はない。
これから、あなたの目には、出会う人々の外見だけでなく、心のコップや命の水が見えてくるだろう。彼らに豊かな水を注ぐために、一緒にたくさんの理論やアプローチを学ぼう。
次回は、「心のコップが、一体、どこにあるのか?」について取り上げたい。