脊髄損傷を受傷して
年間約5000名の新患者が発生するという脊髄損傷。
ここでは、その受傷直後から患者およびその家族がどのような思いを抱きながら治療に臨むのかを、時系列に沿ってご紹介します(執筆:丸山柾子さん)。
それに呼応する形で、医療関係者によるアプローチ、そして当事者の障害受容はどのような経緯をたどるのか、事例の展開に応じて、専門家が詳細な解説を示していきます(執筆:松尾清美先生)。
- プロフィール松尾 清美先生(まつお きよみ)
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宮崎大学工学部卒業。
大学在学中に交通事故により車いす生活となる。多くの福祉機器メーカーとの研究開発を行うとともに、身体に障害をお持ちの方々の住環境設計と生活行動支援を1600件以上実施。
福祉住環境コーディネーター協会理事、日本障害者スポーツ学会理事、日本リハビリテーション工学協会車いすSIG代表、車いすテニスの先駆者としても有名。
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第47回 「第46回 退院を控えて」の解説
いよいよ退院に向けての準備が本格的になってきました。
総合せき損センターでは、入院期間が限られているので、入院するとすぐに患者と家族に状況説明があり、医局では治療カンファレンスが行われ、脊椎の損傷部位の固定や泌尿器科的処置が行われます。その後は、ナースによる看護の中で、精神的なサポートなどが開始されます。
手術後の身体が安定してくるとともに、MRIなどの診断像や身体の感覚域や痛覚域、そして動かせる部位などの検査と記録が行われ、それらをもとに、その後の治療方針や看護計画、そしてリハビリテーション訓練プログラムなどが決まり、大まかな退院予定月くらいが計画されて、医療スタッフが一丸となって治療と訓練が開始されるのです。
この流れは、入院初期の文章にも記載されています。この治療とリハビリテーション訓練、そして本人と家族の障害の受容過程や準備状況は、決して順調と一口に言えるものではありませんが、丸山さんと奥さんの身体や環境の分析能力、そして対応能力などで辛さを乗り越えてこられたのです。
また、退院後の生活方法や準備内容、そして退院期日などは、主治医やナースの指導や促し、そしてスタッフや友人、教え子などの支援や協力などもあったと思いますが、本人と家族で話し合って、S部長とM先生の回診時に、奥さんが4週間後の「12月3日に退院したい」と伝えました。ここで読者の皆さんにわかっていただきたいのは、病院側が決めた退院日ではなく、本人とご家族が決めた退院日ということです。
この退院予定日が決まると、ご家族も病院側も退院までに必要な準備に入ります。しかし、重度の身体障害を残している患者さんの場合は、退院が決まると、さまざまな不安からストレスが高まる等の原因で、退院予定日に退院できないことを多く経験しているので、患者さんとその家族の不安を少なくしていくことが大切と考えています。
そのため、MSW(医療ソーシャルワーカー)の活躍が求められます。MSWのHさんが相談を受けて最初に行ったことは、飛行機の手配です。電動車いすを使用する四肢麻痺者が飛行機に乗る場合は、電動車いすのバッテリー液が溢れないようにバッテリーを外して別のボックスに入れることや、電動車いすから空港の車いすへの移乗方法と機内の座席への移乗方法などを使用する航空会社と打ち合わせすることになります。
Hさんと私たちスタッフは、脊髄損傷者の方やさまざまな障害を持った方たちと海外旅行などを経験しており、頸髄損傷者の飛行機での旅行は、事前の打ち合わせを行えば問題は起きないし、むしろ楽しむことができることを知っていたので、航空券の手配はお手の物です。そして、総合せき損センターでは、公共交通機関が利用できない身体機能の入院患者さんが、他の病院を受診するときや退院するときには、リフト付きのワンボックス車での搬送を行って、患者さんの不安をなくしているのです。
また、脊髄損傷者は車いすを使って退院するので、総合せき損センターから遠いところへ退院する患者さんの場合は、その後の身体の変化や2次障害を予防するため、近くの病院へ紹介し、身体管理への依頼などを行うのです。
MSWのHさんは、丸山さんを新潟の病院のMSWへ連絡し、依頼したことが書かれています。
加えて、住宅環境整備の準備です。退院に向けた住宅改修案の検討は、医用工学研究部の私が、本人を通して地元の建築士さんとの図面でのやり取りを、退院日が決まる前から行ってきました。住宅改修は、早くから準備しなければ退院時に間に合わないからです。丸山さんの場合も、住宅改修の目処が立ってから退院日を決めたことが書かれています。
第4頸髄を損傷したため四肢麻痺を呈する丸山さんの在宅での自立生活を高めるために、TVのコントローラーのチャンネル操作で、エレバーターのコントロールを丸山さんが自立して行えるようにしました。この世界で初めての実現のために、私は医用工学研究部とエレベータ会社のフジテック株式会社と共同研究を行っていました。その完成が丸山先生の退院に間に合ったので、丸山さん宅に実際に装備しました。これによって、四肢麻痺の方が電動車いすに乗った状態で、電気製品のスイッチ操作を、ヘッドスイッチなどでコントロールできる環境制御装置(ECS)で、TVの1や2のチャンネルをエレベーターの前で押すと、エレベーターの行き先を指定し、かつドアの開閉と開口時間を長くし、乗り降りできるようにしたのです。これで、庭の散歩をしたいときや外に出たいとき、丸山さんは自分だけでも外出できるようになったのです。万一、火事になったりしたとき、一人でも外へ脱出できるのです。
泌尿器科の脊髄専門医でもあるI先生は、定期的な尿検査の必要性と、褥瘡や、やけど、肥満等に注意して生活すること等の注意に加え、退院前の尿路の感染症予防を図っていますし、尿が出なくなる尿閉を起こした時のために、介助導尿の方法を奥さんへ伝達されています。
回診時に院長が言われた「丸山先生は期待の星です」という言葉は、四肢麻痺という重度の障害を持っても、大学の教授として復職し、大学で講義を行うことは、現在リハビリテーション訓練を受けて社会復帰を目指している方々にとってみれば、「自分も頑張ろう」という気持ちや勇気を持たせることにつながるという意味なのです。まさに、「期待の星」なのです。
また、当時、副院長であったS先生(現在の院長)は、患者の退院後の不安を一掃するように、「帰る準備は順調ですか? 向こうへ行ってリハビリに問題なんかが起きたら、短期入院という方法もありますから」という言葉をかけてくれています。
主治医のM先生は、丸山さんが復職しておそらく講義の中で自分の受けた障害を説明するために使用すると思われるレントゲンフィルムをスライドにして渡す約束や、退院後のメールの交信を約束されています。これも、丸山さんと奥さんには、心強く感じたことの一つだと思います。