介護職に就いた私の理由(わけ)
さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。
花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/
- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第136回 リハビリは治療ではなく、生活を支えること
通所のリハビリデイにはサロンの役割もあるんです
阿部洋輔さん(34歳)
リハビリの風 エンジョイ麻布
理学療法士
取材・文:石川未紀
病院で「先生」と呼ばれていたのが……
僕には、4つ下の脳性麻痺の弟がいて、なんとなく障害者や高齢者の方との垣根が低かったんですね。高校生のころには、夏休みや春休みを利用して、障害児のキャンプなどにもボランティアとして参加していました。理学療法士になりたいと思ったのもそうしたことが影響していたんだと思います。高校を卒業すると、理学療法士になるために専門学校へ進学。卒業後は病院で働き始めました。
5年ほど働いたころでしょうか。当時はまだ病院でのリハビリが当たり前の時代でしたが、訪問リハビリという分野も生まれてきたころでした。それで、新しい世界で何かできることがあるんじゃないかと思って、こちらに転職したんです。
「リハビリの風」は、当時は訪問看護と訪問リハビリテーションでした。
僕は理学療法士として、初めて高齢者のお宅に伺ったのです。当時は若かったですし、病院にしか勤めたことがなかったので、叱られたり、クレームをつけられたりしましたね。病院だと、僕は「先生」と呼ばれて、僕の指示に皆従ってくれるんですね。ところが、寝たきりの高齢者の方にマッサージをしても、何を何のためにしているのか、ご本人にもご家族にはわからないわけです。ひとつひとつに意味があって、説明しているつもりでも、専門用語を使ったりしていて、伝わっていなかったんです。本来、在宅でやる意味というのは、それぞれの生活での困りごとをどう解決していくかを一緒に考えなくてはいけないのに、家族や本人の話をしっかりと聞かずに「専門職」の風を吹かせていたところがありました。
クレームこそがいまの自分をつくってきた
けれども、このころのクレームが僕にいろいろな気づきをくれました。大切なのは、何かをしてあげる、治療してあげるということではなくて、どうしたら生活しやすいのかを考え、セルフケアの仕方をアドバイスしたり、相談に乗ってあげたりすることなんです。今となっては当たり前のことですが、「患者」として看るのではなく、「個人」として見ることが大切なのだということを気づかせてくれました。
今は、エンジョイ麻布とエンジョイ芝浦の管理責任者として働いていますが、当時の経験が生きているなと感じています。
エンジョイ麻布は、地域密着型のリハビリに特化したデイで、マッサージなどもしますが、声掛けだけでもやれることはどんどん増えるので、やりたいことをサポートするというのが原則です。見守りは必要ですが、自由にやってもらうことも大切だと考えています。リハビリに特化しているので、こちらに来られる方も、動けるようになりたいという意志がある方たち。そういう点では積極的です。地域差はあると思いますが、だんだん特色あるデイができてきて、自由に組みあわせることができるので、ご利用者の方たちが選べる時代になってきていると思います。
リハビリに特化していると言いましたが、ここにいる職員は、社会福祉士、介護福祉士、理学療法士など、多職が連携してやっています。専門の知識をそれぞれが教え合って情報を共有しています。いわゆる機能訓練指導員ばかりだと専門用語がそのまま通ってしまいますが、ここではそうはいかない。一般的なことばで置き換えてどうやったら伝わるかということも、大事なんです。そして、こうしたことが本人やご家族に伝える時にも役立っています。
サロンとしての役割もある
デイの登録の男性は6割。デイでは珍しく、男性が多いんです。開所当初からいらっしゃる方もいて、リハビリだけでなく、集いと言うかサロンとしての役割もあるんじゃないかなと思っています。男性同士で仲良くなって、話しているのを聞いているとどうやら家を行き来するような仲の方もいるらしい。情報を交換したり、ピアサポート(当事者同士の支え合い)みたいなこともある。リハビリだけなら訪問でいいでしょう、と言う方もいらっしゃるし、それも否定はしないんですけれど、こういうことがあると職員もほっこりするというか、通所でやっている意味があるんだなと感じますね。
わかりやすく情報発信をしていきたい
今、ブログとか、介護サイトなどで文章を書かせてもらっているんです。わかりやすい言葉で、リハビリのことや介護のことを情報発信していければと思っています。私達専門職にしたらちょっとしたことでも、実際に困っている人にはわからないことも多いと思うんです。リハビリや介護の技術だけでなく、メンタルな部分でも、ていねいに伝えていくことができたらいいなと。僕自身、訪問リハビリや、リハビリデイを経験したおかげで、「やってあげる」という介護のイメージを払しょくして、自立支援という考え方にシフトしていきました。僕たちの知識がきちんと一般の人たちにも浸透していけば、リハビリ職はいらないんじゃないかと思います。当たり前にそういうことができるようになるまで、微力ながら、発信し続けていきたいと思っています。
- 【久田恵の視点】
- 相手が訴えていることをクレームと言って切り捨てていたらなにも学べないのですね。阿部さんの実践は、仕事とどう向き合うかは自分がどう生きるか、なのだと改めて実感させてくれます。