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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第125回 美容師としてのプロ意識を大切に 
「してもらっている」のではなく、主体的におしゃれを楽しんでもらいたい

湯浅和也さん(30歳)
株式会社 un.
代表取締役
NPO法人 全国介護理美容福祉協会 認定 《美容福祉師資格取得者》
初任者研修修了

取材・文:石川未紀

 中学生のころから美容師に憧れていて、高校を卒業後は地元・札幌の美容の専門学校へ行きました。そこで、どんな美容院をつくりたいかという課題が出されたんです。僕は、訪問美容のことを知っていたので、それを一歩発展させた移動式美容室を考えました。雪深い札幌では、訪問美容もありましたが、一方で聞こえてくる声は、おしゃれだったおばあちゃんが流れ作業のような感じで髪を切られたとか、勝手に手入れがしやすい髪型にされたというものでした。これって美容サービスとしてありなのかなという疑問もあったんです。でも、あの当時はまだ漠然とした夢でした。
 まずは東京へ出て修行をつもうと、原宿の美容院で五年働きました。流行の最先端を行く場所でやりたかったんです。
 そこでまた、お客様との会話が僕の夢を後押ししました。お客さんのおばあちゃんが刈り上げにされたとか、美容院へ行けなくて困っているとか、そんな話が結構あったんです。ちょうど、五年経ったとき、勤めていた美容院が閉店になることになり、今がチャンスと起業する決心をしました。
 東京の美容学校がやっている美容福祉師の資格をとり、介護の勉強会に参加しながら、経営についても研究しました。一方で思いを一緒にできる仲間探しにも奔走しました。事業計画の立て方も手さぐりでしたし、営業経験もゼロ。本を読んだり、勉強会に参加したり、必死で研究しました。
 そのころ出逢った桜庭(代表取締役)と二か月で起業。美容院時代のお客さんから紹介してもらったり、飛び込み営業、SNS、フェイスブックと、この訪問美容を知ってもらうためには何でも試しました。介護の知識を深めるために、勉強会にも積極的に参加しました。知識だけでなく現場の状況もわかりましたし、人脈も広がってすごくためになりましたね。
 起業してから5年。今は120施設と契約をいただいています。

 僕たちのun.の最大の特徴は、美容院のサービスをそのまま訪問でも提供するということです。会社の理念は「あたりまえのことをあたりまえに 新たなあたりまえをかたちに」と言うものなんです。

 鏡などもセッティングして、空間から美容院のようにしつらえます。シャンプー台も持参して、美容院と同じように髪を洗っていただけます。女性は前かがみでシャンプーしないですよね。ましてや身体の不自由になった人が、前かがみのシャンプーなんてつらいでしょう。ところが訪問だとお風呂場や洗面台で洗うことが多いんです。

 それでも、ボランティアや福祉での利用だと文句が言えない。切ってもらう体勢もだけれど、髪型やセットの仕方、カラーリングやパーマに注文もつけづらい。それでは、せっかく髪を切ってもらってもうれしくはないですよね。
 僕たちは、ふつうに美容代金もいただきますし、福祉利用ではないというのも特徴の一つです。
 髪をきれいにセットして、人と会いたい、出かけたい、そういう欲をわかせるためのサポートをしたいんです。施設などにおじゃまして髪を切っていると、施設の方にも家族にも言わないことを僕たちにはお話ししてくださる。そういう空間があるということも高齢者の方にとっては大事なことだと思っています。しかも、お客様として、言える。これも大事なんです。「カラーリングの色が気に入らない、ここをもっとこんな感じで切ってほしい」とボランティアの人には言えないですよね。ポイントサービスとか、指名制とか普通の美容院にあるものは取り入れています。

 僕は、団塊世代の方々に必要とされる美容師になるには、お客様の多様なニーズにこたえられる技術やセンスがより大切になってくると思っています。だから、あえて美容師は若手で、原宿や青山など流行の最先端を行く場所で働いていた人たちを採用しています。
 どんなに高齢の方でも、こんな髪型が流行っているんですよというと、関心を示されますし、自分もやってみたいという気持ちにもなる。だから、さまざまな髪型に対応できるようでなければいけないんです。
 だから、介護っぽくしたくない。スタッフは福祉美容の資格を持っていますが、その知識は生かしても、美容師としてのパフォーマンスを最大限に生かすように伝えています。間違っても赤ちゃん言葉を使わないとかね。

 僕自身、訪問美容で印象に残っているのは、亡くなる前日に伺った方です。ご家族が見守る中、寝たきりのまま髪を切りました。意識もはっきりはしていなかったのですが、切り終えて、ふと笑顔になって。ほんの一瞬ですが、僕の記憶に深く刻まれています。
 実は、父を僕が22歳のときに亡くしていまして。生前父の髪を切ることができなかったことを、この仕事をしていると時々思い出すんです。だからひとりひとり出会いを大切にしていきたいと思っています。
 亡くなった後の髪をきれいにセットしたこともあります。だから、亡くなった後まで携われる稀有な仕事でもあるんですね。

 今年、初任者研修をとりました。これまでもよく介護の研修会に行っていたのですが、知識が体系化されてよかったと思います。

 ご家族や介護スタッフとコミュニケーションをとりながら、もっときれいにもっと幸せにして差し上げたい、そして訪問美容のことをもっと知ってもらいたいと思っています。今は妊婦や乳幼児の母親にも対応できるようになってきたんです。困っている人たちに情報が届くように僕ももっとがんばらないといけませんね。


【久田恵の視点】
 高齢者が「社会的な弱者」として扱われことが少なくありませんでした。でも、今やエイジレスな時代です。年齢にかかわらず、誰も自由に個性を発揮できてこその人生。若い世代が介護の価値観を大きく変えていっていることを実感させられます。