介護職に就いた私の理由(わけ)
さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。
花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/
- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第108回 変えていくこともできるこの世界
今まで自分磨きをしてきたものが活かせる場所です
山本えり子さん(57歳)
デイサービス笑福
理容師
(東京都・府中市)
取材・文:進藤美恵子
理美容の仕事を探していたらデイサービスに
2年前に夫が東京から大阪に転勤になった55歳の時に、小規模デイサービスを手伝うことになり、介護の世界に入りました。
そのデイサービスでは、シャンプーのサービスを提供していました。求人票に「理美容の技術や経験が活かせる」というので、「それならやってみよう」と飛び込んだのです。もともと介護の世界は知らないわけではありませんでした。当時、夫が電子ピアノを持って月に1~2回程度、デイサービスや有料老人ホームに音楽ボランティアに通っていたので、助手として付き添った時に介護福祉施設を見ていました。
有資格者がシャンプーの提供を行う施設は、関西でも珍しかったと思います。デイサービスの経営者ご自身がお母様のシャンプーや介護、フェイシャルをしてあげたいと思い、ヘルパーさんへの依頼に始まり、美容室に連れて行くのを考えた時、「自ら創ろう」ということからデイサービスを開設された方でした。その方の考え方やそこでの勤務経験が転機となりました。
今の社長をヘッドハンティングしたのは私です
私が大阪のデイサービスで働いていた時と、夫が仕事で悩んでいる時期がちょうど重なりました。当時、私は、いつも辛そうな顔で出勤している夫を見て、適性と違う仕事を我慢してやっているのではないかと常々感じていました。「この人には違う仕事がある」なって、ずっと考えていました。
夫は、東京での会社員時代「一年に一つは自分の身になるものを取得」すると宣言し、実践していました。その中で直接仕事とは関係がないのにホームヘルパー2級(当時)も取得していたのです。有料老人ホームでの音楽ボランティアの質を高めたいと「高齢者理解」をテーマに、ホームペルパーを取得するなど、介護との接点がありました。人あたりの柔らかさや性格的にも介護の仕事に向いていると思い、そこで私は次のように切り出しました。
「あなたには、今の会社の仕事で自分の良さを活かせていないと思う。これからの人生で自分の価値を高め、働きがいや生きがいを追究してみない?」と。また、「私は、小規模デイで働いてすごく楽しいし、あなたも一緒にやらない」と夫に持ちかけると、「一生にやろう」と夫が決断しました。「立ち上げるなら東京で」と、デイサービス笑福(えふ)を今の場所に開設したのは2016年夏です。
東京初の理容所のあるサロン風デイ
理美容師でなければできない顔剃りや眉のカットなどの施術へのニーズに対して、それを具体化する場所を作り、高齢者の方に喜んでもらいたいという理由から、介護事業所併設の理容所というスタイルを関係届出期間(東京都・保健所)と折衝を重ね、都内初という新たなビジネスモデルでの開業となりました。
デイサービス笑福は、お見えになられた方から「介護施設っぽくない」と言われます。室内に観葉植物のグリーンや写真を配し、色彩も考慮した癒し系サロンのような環境にしています。デザインや香りなどを大切にし、ご利用者様はもちろんのこと、勤務するスタッフにも気持ちよく楽しく仕事をして欲しいとの願いからです。
シャンプーを受けられたご利用者様に対して、ほかの皆さんが「あらー、綺麗になったじゃない」って会話が弾みます。家庭では、「おばあちゃんなんて」って言われても、ここに来ると綺麗になってお姫様になれるようです。ご自身の居場所というか存在感というのをみなさん見つけられています。今朝も「おはよー。ここに来ると楽しいわ」って。お心をイキイキさせる点でもお役立ちさせていただきたいと思っています。
“美容室”と同様にデイを楽しまれる方も
美容メニューとしてハンドマッサージやアロマフェイシャルマッサージなども提供しています。マッサージによるリラックス効果と血行をよくすることにより、身体機能向上の効果も期待でき、施術中に「ふーっ」と癒されているご利用者様もいらっしゃり、喜んでいただいています。幸せホルモンとよばれるオキシトシンも多く出ているようで、利用回数もそれまで週1回だった方が週2回、3回と増加される方も多くなりました。それがご利用者様からの評価だと思うと、やりがいがあり私たちも嬉しく思っています。
なかには、デコルテから上のフェイシャルマッサージを2週間に1回されるご利用者様もいらっしゃいます。その方は、普通の施設には入りたくないとデイサービスを敬遠されていた方です。娘さんが「お母さん、今日はお顔をやってもらいに行くから一緒に行きましょう」と。本人は、美容室だと思われているのですが、「ここに来ると顔が綺麗になって、もうスッキリしていいわー」って喜んで帰られます。そしていつもお見えになるたびに、「ここはみんな帰らないのねー。ずっといらっしゃるのね。こういう美容室そうはないわねー」って言いながら、サロン風の雰囲気も喜ばれています。
顔剃りもそうですし、美容室に行くのも誰かの手を借りなければならなかったのが、ここではデイサービスに通いながら、介護の時間外で理美容も受けられる。それまでヘルパーさんやご家族に頼んでいたことがワンストップでできるのが便利のようです。人を頼まなければいけない、自分一人で行くことができないということに、ものすごくコンプレックスをもたれる方もいらっしゃいました。それがデイサービスに通いながらできることにより、すごく自由でいいみたいで喜ばれています。開業して自分の能力を介護の世界で活かせている幸せを実感しています。
不器用でも本当に好きだと長続きするのですね
「一度きりの人生、自分たちもやりがいがあり、来所いただく方にも楽しんでもらえる、そんな施設を作れたらいいね」と理美容併設のデイサービスを立ち上げ、やっと2年目に入ったところです。これまで働いてきて、やっぱり理美容が好きだって再認識しました。もともと私は不器用で時間も人の倍かかりましたけど、好きこそ物の上手なれっていうか、不器用だからこそ創意工夫を凝らし技術やサービス提供しながら日々課題をクリアしているところです。
介護の仕事は、私たち夫婦が人生の課題として「自分磨きしてきたものを活かせる場所」という点でも夫婦の考えが一致しています。それが今、花開いてきているので、今後もさらに発展させていきたいと思っていますし、私たちの挑戦が現在デイサービスをお探しの方、起業を検討されている方の参考や目標になれば嬉しく思います。
- 【久田恵の視点】
- デイサービスと美容室機能をドッキングするという考えは、高齢女性たちのニーズを見事にキャッチしていますね。なんて素敵。こういうデイサービスのある街に引っ越したいなあ、と思うほどです。