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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第96回 物流業界から介護の現場に飛び込んで、自分自身の人生の土台を築くことができたと思う

中井 健さん(49歳)
(株)ベネッセスタイルケア
介護付き有料老人ホーム アリア松原
介護福祉士 サービスリーダー
(東京・杉並)

取材・文:久田 恵

「ケアプラン」ではなく、「生活プラン」にこだわっています

 介護付き有料老人ホームの「サービスリーダー」として働いています。

 具体的には、ホームの4階に入居されている18名のお客様を24時間サポートをしている「サービススタッフ」のリーダーです。

 スタッフは20名でシフトを組み、日中帯は6人、夜勤帯は2人が勤務しています。

 当社の介護付きホームでは、お客様のサービスプランを「ケアプラン」と言わずに、「生活プラン」と呼んでいます。これは、ベネッセスタイルケアのケアに対する考え方です。ご入居されている方のこれまでの人生を知り、その方の望んでいる「生活」をご本人や家族の方々と共に創る、ご入居者が主語となった「プラン」という意味が込められています。

 サービスリーダーは、お一人おひとりの「生活プラン」が、その方の望んでいることに合っているのか、生活の状況に合っているのか、その内容を実現できるのかどうかなどを確認し、スタッフに伝えていきます。スタッフがご入居されている方に必要なサービスを提供するための調整役も担っています。

転職を果たして、自分の人生の土台が築けた

 私は、元は大井ふ頭のコンテナターミナルで働いていました。

 大井ふ頭は首都圏の国際物流の中心、最前線基地です。あまり知られていない仕事ですが、保税倉庫の仕事をしていました。倉庫に保管した輸出入品の関税の計算をしたり、書類を税関に届けたり、荷物の出し入れをしたり、といった業務です。

 仕事は、なんでも一人ですることが多く、人と接するのは上司ぐらい。介護業界とは、まったく無縁のような場所でしたね。

 それが、バブル崩壊以後景気が悪くなり、仕事の先行きになにか希望が抱けなくなって、転職を考え始めたのです。

 30歳をすぎた頃です。

 ちょうど介護保険が2000年から施行されるという時で、介護はこれから新しく始まる業界ですし、人と直接つながることのできる仕事をしたいという思いもありました。

 それで、ハローワークの助成制度を利用して専門学校のようなところに通い、まずは介護保険事務士の資格をとったのです。あわせてパソコン操作も覚えました。続いてホームヘルパー2級(現:初任者研修)の資格もとって、就職の準備をしました。

 それから学校の紹介で企業説明会に行き、そこで知った高齢者向けホームで働き始めたることになったのです。

 当社は308か所(17年5月現在)のホームを運営していますが、私はこれまでにそのうちの5か所のホームで仕事を経験しています。

 ここ、東京・杉並区にある「アリア松原」に異動してからは3年目です。これまで働いたホームにはそれぞれ特長がありますから、前のホームのよかったところを異動先のホームで提案したりして、課題解決につなげたりができます。

 もちろん、提案したことを一人では実行ではできないので、周りのスタッフを巻き込んで一緒にすすめていきます。勉強会を開いてその内容を伝えたり、学び合ったりしています。

 前の保税倉庫での仕事とは違い、周りには常に他の社員がいるので、人と人とのコミュニケーションの大切さをこの仕事で実感するようになりました。

 30代で転職して介護業界で働き始めて15年、7年前に結婚をして子どもも生まれました。この介護の業界で自分の人生の土台がつくれた、と思っています。

お客様とかかわる難しさも体験してきました。

 仕事の中では楽しいこともたくさんあったのですが、やはり苦労したことは忘れられないですね。

 たとえば、お風呂が嫌いで入らない方がおられて、最初はどうしたらいいのか全然分からなかったのです。だんだんと、その方の気分とか、入浴したい時間とか、理由があることが分かってきて…。別のスタッフがお声掛けするとすんなりはいってくださるとか、そういうことも体験を通して分かってくるようになりました。

 緑内障になられた方のお手伝いをした時には、点字を習いに行かれていたので付き添ったり、眼科の診療に車でお連れしたりしていました。だんだん目が見えなくなっていくというその方の不安な気持ちをどうしたらサポートできるか分からなくて、辛かったです。目がよく見えない方なので物をきちんと同じ場所に置かないといけないのに、それがずれていたりして叱られたり・・・。

 お一人おひとりに丁寧に寄りそうことの難しさを味わいました。

 ある認知症の方は、幻視、幻聴の症状があり、「これは(見えたり、聞こえたりするものは)、あなたがしむけたことではないのか」とおっしゃっていました。その気持ちにうまく添うことができずに悩んだこともありました。ですが、その方が亡くなられる時には、とてもおだやかに「ありがとうね」と言ってくださったのです。そのことは、私には忘れられないことです。

難しいからこそ達成感がある

 プライベートでの人間関係だったら、苦手な人や難しい人は敬遠すればいいのですが、仕事の場ではそれはできません。苦手意識を持つとお客様もそれを感じとってしまいます。お客様には、どの方にも同じような姿勢でサービスを提供しなければなりません。そのことをしっかりと思うようになりました。そのあたりは、私が一番、成長してきたところのように思えます。

 「その方らしさに、深く寄りそう」というのが、当社の介護事業の理念でもありますが、様々な苦労をされたり、経験をされてきたお客様の「こんなことをしたい」という思いを尊重し、その気持ちに添うようなお手伝いがしたいですね。

 その方の最期の時間を共にできるこの仕事は、難しさもあります。でもだからこそ、やりがいや達成感があるのだと思っています。

高級ホテルのようなしつらえの
「アリア松原」。
「スタッフとの密な連絡、情報の共有が大事」と、常に連絡を欠かさない
中井さんです。

【久田恵の視点】
 2016年、昨年、有料老人ホームの数が全国で1万か所を突破しました。さまざまな業種からの参入や大型買収なども目立っています。それに伴って、介護職の働き方も大きく変わっていきそう。そこを利用される方も、そこで働く方も、自分が共感できる介護理念を掲げた事業所を選びとっていく、そんな時代へと向かっていることを実感させられます。