メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第79回 「やめてください」と言わなくていい環境をつくりたい 
スタッフ間で話し合うことが大切かな

山本栄里さん(34歳)
デイサービス クローバー広尾
介護職(東京・渋谷区)

取材・文:石川 未紀

介護の基本はうちのおばあちゃん

 私、介護はおばあちゃん基準なんです。おばあちゃんは、今年96歳で亡くなったのですが、小さいころからすごくかわいがってもらっていました。おばあちゃんの顔を想像して、おばあちゃんがこんなふうにされたらいやだなと思うことは絶対しない。逆におばあちゃんが、これはうれしいかな、喜んでくれるかなと思うことは積極的にやっていきたい。そんな気持ちで仕事をしています。

イベント会社からの転身

 わりと元気で活発な女の子でした。小学校4年から始めたバスケは、小学校のときは全国大会に出場、中学も県大会で一位、とにかく高校まではバスケに夢中な女の子でした。高校を卒業したら地元で働くというのが、なんとなく敷かれたレールだったのですが、インテリア・コーディネータの仕事がしたいなと漠然と考えていて、卒業後は地元でアルバイトをしながらお金を貯めて、東京の専門学校へ行くことを夢見ていました。お金がたまった時点で、専門学校の資料も取り寄せ上京。でも、資料を取り寄せただけで、やりきった感があって…。結局は、本当に勉強したかったのではなく、上京したかっただけなのだと、自分でも気づきました。学校に行かずに、アルバイト生活。半年後には、地元に戻ってきたのです。

 地元では写真館に就職しました。写真館には結婚式用のチャペルなどもあって、そこで接客や撮影、営業などもこなし、自分にはこうしたイベントの仕事が向いているなと感じました。

 今度こそ自分がやりたい仕事と出合えたと確信を得たので、もう一度東京で挑戦したいという思いがわいてきて、上京。今回は目的があったので、すぐに就職も決まり、イベント会社でがんばってきました。

 仕事は順調でしたが、徹夜や付き合いの多い仕事で、結婚を機に辞めました。そのことに後悔はなかったのですが、もともと、私は働いているほうが向いているんです。それで、高齢者向けの宅配食サービスのアルバイトを始めました。そこで、高齢者の方と接して、もっと高齢者の方と関わる仕事がしたいなと思うようになりました。介護事務の資格をとって、介護にかかわる仕事を探し始めました。

 そこで出合ったのが、今のこの会社なんです。

 このデイサービスの「WinWinWin」の理念にも共感しました。子供のいるお母さん・お父さんにとっても、子供を連れて働ける環境は安心して働けますし、ゲストの方にとっても、子供がいることで、刺激や笑顔が生まれます。子供にとっても、たくさんのおじいちゃん、おばあちゃんに可愛がられ、自己肯定感やコミュニケーション力などが大いに育まれることは、これから子どもが産まれても続けられるかなと思いました。夫も、介護の仕事がしたいと言ったら、快く応援してくれました。

「普通の社会」を、このデイサービスの中でも実現したい

 もともとの性格もあるでしょうし、バスケ部の体育会系というところもあるのでしょうか。わりと、ずばずばとものを言うタイプで、経験もないのに、改善したいところがあるとキャストには言う方なんですね。たぶん、最初は「なんだ」と思われていた部分もあったと思うんですが、ここをよくしていきたいという思いは伝わったし、みんなもそう思っているということがわかったので、今は、お互いに言い合える雰囲気になっていると思います。

 たとえば、ゲストの方に「やめてください」というような言葉はできる限り使いたくないんです。お茶の入った茶碗を、全部触ってしまうゲストの方がいたんですね。手伝ってくれようとしたのかもしれません。でも、感染症対策などで、キャストがぴりぴりしていると、つい「触らないで」と言ってしまいます。「触らないで」と言わなくても済む方法をみんなで考えたいんです。ゲストの方が、すぐに手を出せないところでやるとか、ほかのことに関心が向かうようにするとか、私たちがやれることは、もっとあるはずなんです。

 逆に、食器拭きもゲストの方に手伝っていただくことがあります。これも感染のリスクやスピードなどを考えるとキャストでやってしまったほうが、簡単で早いということもあるでしょう。でも、常にリスク回避ばかりしていても、ゲストの方の満足感は得られないと思うし、私たちも手伝ってくれてありがとうという気持ちを持っていたい。

 子連れでも働いてもいいというのも、働く人の保育園対策だけではなくて、経営者が、多世代が集うふつうの社会をここでも実現したいという気持ちがあったそうなんです。確かにリスクを考えていたら、子どもが走ったり散らかしたりして、面倒なことも多いかもしれないのに、あえてそれをやるのは、高齢者の方にも、小さな子どもにもそれぞれに役割があるということを気づいてもらいたいからなんだと思います。

やりたいことはたくさんある!

 現場に入ってみて、いろんなことに毎日気づくし、もっともっとここをよくしたいという気持ちがわいてきます。自分がやってきた写真館時代の撮影の仕事も、ここで活かせないかなとか。ゲストの方は、ここで、とてもいい表情をされているんですよ。そういう日常の写真もですけど、きれいにお化粧して、正装した姿でちゃんと撮っても差し上げたい。

 リハビリ病院でよくならなかった方がここで過ごしている間にどんどんよくなっていく姿を見て、私もがんばらないと、という気持ちが大きくなっています。まだまだ日々勉強ですが、ここではいろいろな提案を積極的に取り入れてもらえるので、チャレンジする精神を忘れずにやっていきたいと思っています。


アットホームな雰囲気なので、
お互い自然と笑顔になります。

【久田恵の視点】
 自分がなにをしたいのか、分からない。そんな心境で転職を繰り返し過ごす若者が少なくありません。けれど、そういう経過を得てこそ、自分が一番、力の発揮できるのは、ここかもしれない、という場所を見つけられるのだと思います。しかも、高齢者と共に暮らす場所は子どもも居られる場所。そこが子連れで働ける稀有な仕事の場であるという発見は、私たちの固定した職場観を打ち破ってくれます。