介護職に就いた私の理由(わけ)
さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。
花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/
- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第73回 大手有料老人ホームから入居相談員の経験を生かして独立
世界一おせっかいな会社をつくりたい
西村 健さん(36歳)
株式会社SAN
代表取締役社長(神奈川・横浜)
取材・文:藤山フジコ
SOWT分析で介護の道へ
2016年の7月14日に会社を退職し、次の日に老人ホーム紹介センターの会社を設立しました。仕事の内容は、依頼者に一番合った老人ホームを紹介する仕事です。起業したばかりなので社員は僕ひとり。事務所もない。けれど、「SANに相談して良かった。ありがとう」と言ってもらえるように毎日バイクで営業に飛び回っています。
大学を卒業し就職した先が先物取引の営業でした。この会社が体育会系の超スパルタ。萎縮して自分の意見を言うことができませんでした。ただ当時の上司に営業のイロハを叩き込まれたおかげで今の自分がある。とても感謝しています。次に経営コンサルタントの会社に転職しました。まわりが皆優秀で、常に自分は溺れているような状態で。ここでも自分の意見をなかなか言うことができず、仕事の面白さを全く感じられなかったのです。結局、そこも辞めるとなったとき、上司に自分のSOWT分析[*]をしてもらったんです。そこで「西村さんは社会的に立場の弱い人に対する仕事が絶対に合っている」と言われました。その一言が僕の人生を決めたというか。祖母が施設に入居するとき母と一緒に老人ホーム巡りをしたことを思い出して、パソコンで“老人ホーム”“営業”とYAHOOで調べたら入居相談と出てきたんです。そこで大手の有料老人ホームの入居相談員として再就職しました。
介護の仕事で180度変われた
この会社では覚悟を決めて自分の意見を思い切って言ってみました。当時の上司は懐の深い人で、僕の提案したことを全て受け止めてくれたんです。そのときに感じた「ああ、人にものを言っても平気なんだ……」という安堵感は今でも鮮明に覚えています。その上司のおかげで僕は180度変わることができた。会社って、結局仕事よりも人なのだと思います。
2009年当時はホームの広告を出すと、何百件と入居の問い合わせが来た時代。ものが言えるようになった僕は、入居相談員としての仕事がどんどん楽しくなって、休みも取らずに働きました。入居相談って、入れて終わりではない。まずは入居される方のヒヤリングをして、その方のライフストーリーを聞き取ります。なぜ、ホームに入居したいのか、する必要があるのかなど、ご家族にもお話を聞きます。大手の有料老人ホームだったので、各地にそれぞれ特色をもったホームがあり、入居者さんの希望に合わせて紹介してきました。
失敗談なのですが、夫婦揃っての入居希望の方がいました。ご家族の話しではご主人は入院されていて、奥様が少し認知症の症状があり在宅介護をしているとのことでした。奥様の症状は軽い認知症だったので、ご主人のリハビリに力を入れているホームにご夫婦での入居が決まったのです。ところが入居当日、奥様は「なんで入居しなくちゃならないんだー!」と杖で息子さんを殴るなど大暴れ。夜中の12時くらいまでずっとそんな感じで。結局、認知症ではなく、精神疾患だったのです。ご家族からしたら、本当のことを言えば入居させてもらえないとの思いから言い出せなかったのだと思います。僕もケアマネも見抜けず、結果、奥様だけ退去していただくという残念な結末になってしまいました。苦い思い出ですが勉強になりました。
ホームは不動産的な視点でみてはいけない
ご家族は入居させる際、まず不動産的な見方をしがちなんですね。自宅から近いかとか、ホームの建物が綺麗かなど。それは入居される方を一番に考えていない発想で、本質からずれています。まずは入居される方の身体の状態に合わせて、医療や生活面を考慮し、その方に一番合ったホームを探すこと。例えば脳梗塞で強い麻痺が残ってしまった方だったら、介護とリハビリが整った施設。ご本人がいろいろなことにチャレンジしたい性格だと、リクリエーションが充実している施設など、その方のライフストーリーを奥底まで探っていかないと本当に求めているものが分からない。その為僕は毎日ホームを見て回り分析し、ホームの特徴を書き込んだフォーマットをつくって、仕事に生かしていました。
決めては入居者さんの笑顔
ホームの決めてですか? シンプルですが、入居者さんの笑顔ですね。どんなにボロボロのホームでも入居者さんが笑顔だと、いいサービスをしていると思います。そこのスタッフも笑顔が絶えません。ですから、ホームに案内したご家族にも、入居者さんの顔を良く見てくださいねとお伝えしています。
見て回るのは最大3ホーム以内がベストです。それ以上だとかえって迷ってしまう。この仕事を長く続けていると、だいたい2分もいれば、ここはいいホームかどうか分かるようになりました。
世界一おせっかいな会社をつくりたい
仕事は本当に楽しかったのですが、会社が吸収合併されることになり、思い切って独立することにしました。なぜ老人ホーム紹介センターの会社を始めたかと言うと、独立した第三者機関として、その人に一番最適なホームを見つけてあげたいとの思いからです。重介護の方には開設間もないホームより開設10年以上の経験豊かなホームを。お元気な方には比較的介護度の低い住宅型有料老人ホームをおすすめするなど依頼者さんの状況に合ったホームの紹介を心がけています。前に入居相談員をしていた頃はその会社関連のホームしか紹介できませんでしたが、今なら公正・中立の立場で全国のホームから紹介することができます。
ホームって砂の城と言われているんですね。1ヶ月前に行ったときと今は全く違うということもあるわけなんです。ですから依頼者の方とは必ず一緒にホームを見て回り、一緒に考える。運営会社(ホーム)から手数料を頂くため、依頼者さんにはお金はいただきません。見学同行からご入居まで全て無料でサポートさせていただいています。明日も入居の決まった方の引っ越しのお手伝いに行く予定なんですよ。僕は世界一おせっかいな会社を作りたいんです。1人でも多くの仲間と少しでも多くの問題を解決することで笑顔に満ち溢れた世界をつくりたい。ゆくゆくは、紹介センターに留まらず、シニアの総合商社のような会社にしていけたらと思っています。
株式会社SAN(http://san-corp.net(HP準備中))へのお問い合わせは、 ken.nishimura@san-corp.net で受け付けています。
[*]^ 企業や個人が目標を達成するために、強みstrengths、弱みweaknesses、機会opportunities、脅威threatsの四つの指標に基づいて自己評価を行う分析手法。
- 【久田恵の視点】
- 高齢者が、自分の望む介護ホームを自力で探し出すのはとてもむずかしいことです。そこで選択を間違ったために、人生の晩年を悲惨なものにしてしまった事例は少なくありません。西村さんのようなフリーな立場でホーム探しをサポートする人が求められている時代です。入居して良かった、ミスマッチだった、そんな入居者の様々な声をぜひフィードバックして、「高齢者ホームのあるべき新しい姿」を広く提言する役割を担っていただきたいな、と思います。