介護職に就いた私の理由(わけ)
さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。
花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/
- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第68回 車の中古車販売などを経て介護職へ
利用者の方がいつも笑っていられるように
大橋要治郎さん(43歳)
特別養護老人ホーム土支田創生苑 (東京・練馬)
グループリーダー
取材・文:原口美香
介護の現場が変わってきている
今、グループリーダーをやらせてもらっているんです。現場で、みなさんの中心に立って、一日事故なく終わるように、全体を見ながら。最近になって、やっぱり利用者本位で仕事をしようっていうふうに、なってきている。介護業界が変わってきていると思うのです。
以前は、限られた時間の中で、スピード重視、決められたことをこなしていくっていうやり方が主流でした。自分が介護現場に入ったころも、何時までにこれを終わらせて、何時にこれを終わらせて、という感じでしたね。今は、利用者の方の目線で、限りなく満足してもらうことが必要とされています。こういった特養で、どこまでそれができるのか、ということをよく考えます。
母親の介護がきっかけ
二十歳過ぎのころ、母親が脳内出血で倒れて、半身不随になってしまったのです。自分はそのころ、車が好きで中古車の販売とか、車関係の仕事に就いていました。他に兄弟もいたのですが、自分が末っ子で同居していたので、仕事をしながら20年くらい母親をみていました。それで命が危なくなってきたとき、仕事を辞めて付きっきりになったのです。
3年前に母が亡くなって、次は何をやろうかなと考えていたときに知人から「介護でもやってみない?」と誘われて。職業としての介護は、全くやったことがなかったんですけど、母親をみていたこともあったし、やればできるのかな、ってちょっと自信はありました。家族からも「おまえならできるよ」って言われていて。周りの友達にも。自分ではわからないんですけど、物事を気にしない方なので、あまり怒らないんですよ。基本、穏やかですね。40過ぎて初めての介護職。だけど、やってみないことには分からない。ダメだったらやめればいいんだ、と思って。それがここです。2013年の10月だったので、始めてまだ3年くらいなんです。
何も知らないところからなので、職員のみなさんが親身になって教えてくれましたね。仕事をしながら、3か月くらい休みの日は研修に通って、介護職員初任者研修を修了しました。
やってみて、やっぱり大変だな、と思いました。自分の親をみるのと、他人様をみるのはやっぱり違いました。命をお預かりする仕事なので、気は抜けないし、責任はすごく感じました。おむつの交換などは、抵抗はなかったですね。だけど、これだけの人数がいて、利用者の方の名前も食事形体も、最初は絶対覚えられないと思っていました。毎日「明日辞める、明日辞める」と思っていたような気がします。でも、仕事ができなくても、利用者の方にちゃんと挨拶をして、自分から触れ合うようにしていました。そのうち、「この人はこういうとき、こう思っているんだな」とかわかってくる。それはだんだんと自信に繋がっていきました。
満足することはない
特養は二つのグループに分かれていまして、一つが寝たきりなどの重度の方、もう一つのグループが認知症の方が中心です。自分は入ったときから、認知症の方が多いグループにいます。何でも上手く流せてしまう性格がよかったのか、自分が思っている方向へ上手く持っていくようにしています。ただ、限られた時間の中で、いろいろなことをこなさなきゃいけないとなると、利用者の方が「こうしたい」と言っても、40人いるので、どこか削らなきゃいけないこともあります。利用者の方は一人一人、考え方も動き方もみなさんそれぞれなので。限りなく満足していただきたいと思っていても、難しいところがありますね。一人の多動な方がいると、転倒などのリスクもあるので、付きっきりになってしまうこともあるんです。でも気持ちで当たっていけば、仮にできなかったとしても「いいよ、いいよ」と言ってくれる方もいらっしゃいます。「本当はこうしてあげたいのにな」っていうのは常にありますから、正直、満足することはないですね。
いつも笑顔でいることを心掛けている
自分のグループに所属している職員は15、6人います。人って十人十色で、一人一人考え方が違うので、同じことをやれと言われても無理だと思うんですよね。一人一人の個性があって、それを上手く活かして、組織の中で得意不得意を補っていけば、いいチームになるんじゃないかと思っているんです。
働いている職員の方のストレスをどうにか軽減できないかな、っていうのも課題の一つです。それは休みのことだったり、いろいろあるんですけれど、やっぱり職員がストレスを抱えていると、表情にも出てきてしまうと思うんです。そのまま介助に当たると、それは利用者の方にも伝わってしまう。どんよりとした空気になってしまうんです。現場の空気ってやはり重要です。楽しいと軽く感じられるじゃないですか。それって、利用者の方の体調にも関係があると思うんですよね。楽しいところだと、やっぱり笑顔が出るから。もし、どこか具合が悪かったとしても、笑顔があったら、それを跳ね返すようなパワーが出てくるのかなとも思います。
会社の理念に「利用者の笑顔が家族の安心、職員の喜びに」というのがあるので、それに基づいて動いていかなければいけないな、というのもあります。大変ですけれど、やりがいはありますね。
自分は、利用者の方と触れ合ったりして、常に笑顔でいることを心掛けています。人間らしさを大切に、利用者のみなさんが日々笑顔が絶えなければいいのかな、って。そうして、
みなさんが元気でいてくれればいいと思います。
気負わず、自然体で向かい合う。
- 【久田恵の視点】
- 介護施設に行くと、居心地のいいところとつい緊張してしまうところがあります。その差は設備が整っていたり、きれいだったり、料金が高い、低い、サービスがいいと言ったことだけではないなにか、言葉にしがたいなにかがあります。たぶん、入居されている方と施設職員、その双方によってしかつくりだせない場の空気感、ほっと感のようなものではないでしょうか。入居されている方たちの表情が、そこが居心地がいいかどうかを物語っていますね。その場に笑顔があるかどうかは、本当に重要なことです。