介護職に就いた私の理由(わけ)
さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。
花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/
- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第61回 半導体開発から介護の仕事へ
自分が心を開けば相手も心を開いてくれる、
そんな実感が味わえる場所
この仕事は、生活力があって、
現場で臨機応変に対応できる人じゃないとできない
資格取得後、世田谷区が主催する福祉の仕事の相談会に行ってみると、ある事業所の方が声をかけてきたんです。いろんな話をするうちに、「君は小規模多機能型居宅介護が向いているよ」と言うんです。なんとなくその話を信じて、いろいろ探していたときに、ここの事業所(小規模多機能型居宅介護)を見つけたんです。この辺りに土地勘があって、親しみがあったのと、法人理念「『誰もがごくふつうにくらせるしあわせ』を創造する」にも共感しました。見学したところ、まだ開所して1年半くらいで、これから発展していくんじゃないか、自分もその歯車となって新しいことを作っていけるのではないかと感じたんです
デイのときには、日中の様子しかわからなくて、もどかしく感じていたのですが、小規模多機能型居宅介護は、訪問介護、泊まり、通いがセットになっているので、利用者の方の生活の様子がよくわかるんですね。ご家族との距離もぐっと近い。
そういう意味では、この仕事は、生活力があって、現場で臨機応変に対応できる人じゃないとできないなって、感じました。
いわゆる「通い」の仕事以外にも送迎や訪問介護があって、「大変でしょう」と言われることもありますが、僕は、いろんな仕事ができて、気持ちの切り替えがうまくいくんですよ。送迎に出てご家族の方と話したり、訪問介護に出るために自転車に乗って町を走ったり。仕事なんだけれど、いい気分転換になっているっていうのかな。前職はとにかくビルに入ったら一度も外に出ないような環境でしたからね。職場環境は、天と地くらいの差があります。地域の雰囲気もいいし、僕自身、気持ちよく仕事ができています。だいたい、こんなふうに話すなんて以前には考えられなかったこと。とにかく技術文書を説明するときくらいしか話さなかったんですから。家族ともほとんど話しませんでしたし、自分で殻を作って閉じこもっていたんでしょうね。それが、お年寄りやご家族の方、スタッフにもお話しできるようになり、それだけでなく、自分の気持ちとか思いを伝えることもできるようになった。不思議なもので、自分が心を開いて話をすると、相手も心を開いてくれるものですね。利用者の方もいろいろ声をかけてくれて、うれしいんですよ。
この仕事には別の価値がある
前職と比べれば、賃金という面では及びませんが、この仕事には別の価値があると感じています。それに、健康になって病院に行かなくなりましたので、病院に行く時間もお金もかけなくて済むようになりました。あと、高齢者には「傾聴」が基本でしょう。これが高2の生意気盛りの息子にも役立っている。黙ってとりあえず聞くので、息子も僕にはよく話をしてくれます。
高齢者の施設にいて、死について考えることが増えました。和歌山にいた祖父母は亡くなる数日前からものが食べられなくなって、すーっと静かに眠るように逝ったんです。これが人間の自然な姿なんじゃないかなと。介護の勉強している頃、ホスピスのDVDを見たことも影響しているかと思います。都会にいると、死を遠ざけて特別のもののようにとらえてしまうけれど、もっと死を遠ざけずに、高齢者たちの心に寄り添っていられるような、そういう立場でいられたらと思っています。これは僕自身の目標でもありますね。
小規模多機能型居宅介護は、そういう寄り添いにも適しているなと感じています。お互いの信頼関係の上に成り立つ介護ですから。家族や本人から言いたいことが言えるような、そういう雰囲気作りも大切だと思っています。
インタビュー感想
無口で仕事一筋だった落合さんが、介護という仕事を通して、自分の中にある「新しい自分」を発見して、ご自身がわくわくしているという感じが伝わってきました。撮影のためにデイの現場にお邪魔したときも、スタッフからもご利用者の方からもポンポンと声をかけられ、現場を離れるときもご利用者の女性から「もう行っちゃうの? 戻ってくる?」と“詰問”されるほどの人気者でした。と、同時に現場の明るさと風通しの良さが伝わってきました。
- 【久田恵の眼】
- 落合さんにとっては、思いもかけなかった仕事との遭遇ですね。半導体開発という介護と真逆な仕事をしていたことが、一層「介護の面白さ、豊かさ」を実感させてくれたということ。「とりあえず相手の話を聞く」、そういう父親に変貌した、というのもなんていい話なのでしょう。