介護職に就いた私の理由(わけ)
さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。
花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/
- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第54回 小さなころからの「夢」を叶えて介護職へ。
心で感じ取れることを大切にしたい。
伊野芽衣子さん(23歳)
社会福祉法人 永寿荘 特別養護老人ホーム 扇の森(埼玉・さいたま市)
介護福祉士
取材:原口美香
小さな頃から介護はとても魅力的な仕事だと思っていました
茨城県の土浦出身です。自然が多い地域で、三人姉妹の末っ子として育ちました。外で遊ぶのが好きな活発な子どもで、姉たちの影響で始めたバドミントンは、小学校から大学の4年まで続けました。
私は、ずっと介護の仕事に就きたい、と思っていたのです。小学生のとき、長野県に住む母方の祖母が倒れて入院してしまい、退院後、高齢者施設に入居することになりました。茨城と長野では頻繁に行くことが出来ず、面会に行くと環境が変わったためか、祖母の笑顔が消えていました。どんどん前の祖母ではなくなってしまうように思えました。でも、介護職員さんとの関わりのおかげで以前のような笑顔を取り戻し、今まで見たことのないような笑顔も見られるようになりました。
そこで出会った職員さんの姿や、祖母のいろいろな表情を見ているうちに「いつか私もこういう職業に就いて、家での生活が難しくなってしまった方々が、違う環境の中でも自分らしい生活できるように、その支えになりたい」と思うようになりました。私の中で、初めから介護は魅力的な仕事だったのです。
大学は介護福祉士の資格が取れる東洋大学のライフデザイン学部に進み、実習では高齢者施設、障害者施設、小規模多機能型居宅介護事業所などに行きました。どの福祉分野も、どの施設も魅力を感じたのですが、自分の原点は、祖母がいた「特別養護老人ホーム」だったので、いろいろなところを見学しても、その気持ちはぶれることがありませんでした。両親は「体力も使うし、不規則な大変な仕事だから、ちゃんと調べて考えなさい。それでもやりたいと思うなら、頑張りなさい」と言ってくれて、背中を押してもらったと感じています。介護って、どうしてもマイナスのイメージを持たれやすいのですが、私はそうは思いませんでした。
介護の新3Kを私も広めたい
「永寿荘」に就職することになったきっかけは、採用担当の方が、大学の先輩だったからです。大学の授業で、「実際、こういう仕事をやっています」というお話を聞く機会がありました。そこでその先輩が「介護の新3K」っていうものを掲げていたのです。学校で習う「介護の3K」は、「キツイ・汚い・給料ヤスイ」のですが、「永寿荘」では「感謝・感激・感動」だったのです。それを聞いたとき、私もここの一員になって、この「新3K」を広めたいなと思いました。確かに介護はまだまだマイナスなイメージがあるけれど、それ以上に感動や感激はあると、私も思っていたのです。実際に見学に来たときも、職員の皆さんが仕事をしているというよりも、「入居者の方と同じ歩幅で歩いている」ような接し方が魅力的でした。2015年4月に入社し、今年2年目になります。
私が配属されている「扇の森」は、特養100床、ショートスティ20床の定員120床です。4人部屋や2人部屋などの多床室があり、ハード面ではユニット型ではありませんが、20人1グループに分かれて個別ケアを実践しています。実際、仕事は大変なところもありますが、楽しいことのほうが大きいですね。
「その人にとってベストなケアは何か」をいつも考えています
うれしいことは日々たくさんあります。あるとき、精神疾患を持っている方が、パニックを起こしてしまって、手がつけられない状態になったことがありました。先輩方と一緒に声をかけたり、落ち着いてもらおうとしていたのですが、私が「立ちますよ」と言ったとき、スッと応じて立ち上がってくださったのです。私の言葉を聞いてくださったのだ、とすごくうれしかったですね。
「排泄介助」は、最初は抵抗がありました。学校で、どんなに倫理観などの知識を得たとしても、現場では言葉では表せないものを感じました。あるとき先輩に「入居者の方も羞恥心があるんだよ」と言われて。入居者様の中には「ごめんね」と言ってくださる方も、やっぱりたくさんいるのです。どんな方にもそういう気持ちがあるっていうことは、介護職員は忘れちゃいけないと思います。机の上の勉強と違って、現場の中で目で見て、心で感じ取ることのほうが多いです。
自分の気持ちが言葉で表せない方に対しても、ケアの仕方は他の専門職の方々と話し合って決めるのですが、本音の部分が実際には見えないので、それがご本人にとってベストなケアなのか、というところが難しいですね。いろいろな方がいて、人それぞれ感じ方も違うので。だからこそ考えますし、大変ですけど、それを見つけ出すことも、この仕事の魅力でもあるのかなと思います。
新卒1年目で取り組んだ研究発表で、優秀賞をいただきました
「扇の森」では、チューター制度がありまして、新卒1年目の職員には、歳の近い先輩が1年を通しての指導係になってくれます。話をしながら、「どういうのが気になる?」と私の中で気になっていることを、いろいろ引き出してくれ、「ちょっと言いにくいな」とか、「ここ悩んでいるんだけど、どうすればいいかな」ということも、一緒に考えてくれます。月に1回「心合わせ」という面談の機会もあって、「私はこう乗り越えてきたよ」など先輩の体験談をもとに教えてくださるので、いろいろ相談できました。
今年は私がチューターをしています。新卒1年目の経験をしたのがつい最近なので、新卒の人の気持ちがよくわかりますね。
それから、新卒の課題として「研究発表」というものがあるのです。入社してすぐに一つの研究テーマを決めて、チューターの先輩にフォローしてもらいながら研究を進めていきます。私のテーマは「音読と書きで認知機能を向上」でした。
研究の対象とさせていただいたある入居者様は、週に一度ご家族様が面会に来てくださる方でした。でも、あまりお話をされていないことに気が付いたのです。昔のことを思い出したら、ご家族様といる時間がもっと楽しくなるのかなと考えました。それで、音読をしてもらったあとに、感想を書いていただき、脳を活性化させるという試みを続けました。最終的にはご家族様に宛てて、手紙を書いていただくことが目標でした。
いつもは感情を表に出さず、言葉も認識されているかどうかわからない様子でしたが、研究を進めて1年が経ったころに、ご自分の想いを、ご自分の手で、一生懸命書いてくださったのです。決して見やすい文字ではなかったのですが、ご自分の気持ちを伝えようとしてくださったことが、何よりもうれしかったです。その日は、今まで聞いたことがないくらい、たくさんお話してくださり、息子さんに付けた名前の由来なども教えてくださいました。ご家族様もとても喜んでくださり、この研究をしてよかったと心から思いました。私はこのテーマで、研究発表優秀賞をいただきました。
施設へ入る前の、その方の歴史や本来の姿を大切にしたい
私たち介護職員は、言ってしまえば、環境の一つだと思うのです。大切なのは、入居者様がその人らしく暮らせることなので、職員が主体になってはいけないと思うし、職員がその人の生活をかき乱してはいけないとも思います。あくまで私たちは、支えていく立場であること。それだけは絶対に忘れないでいようと思っています。
介助に入らせていただくときも、ただ介助するだけじゃなく、いろいろな話を引き出せるようにしたいですね。昔のこととか。特養の中には認知症の方が多いのですが、施設へ入る前の本来の姿を見ていきたいと思うので、フェイスシート(入居者様の情報シート)だけでは分からないこと、生活歴や、以前していたお仕事のこと、今のその方があるのは、今までの長い年月があるからということを大切にしていきたいです。そこを知らなかったりすると、結局その方が分からないままになってしまうと思うので。
私にとって、介護は「夢」です
私は介護の世界でスタートして、やっと一歩を踏み出したというところなので、これからも現場で経験を積んでいきたいです。この仕事のいろいろな魅力、大変なことも含めて、いろいろなものを自分の目で見たいと思います。いつかは社会福祉士の資格にも挑戦してみたいですね。
そして、マイナスイメージの介護ではなく、お年寄りの笑顔や、楽しいこともいっぱいある職業だということも伝えられる人になりたいです。私にとって、介護は「夢」です。自分にとっての将来の「夢」でもあったし、これからもっといろんなことが発展するのではないかと思います。今後に期待できる「夢」です。より、お年寄りが過ごしやすい空間になり、それを支えていく人たちにも、もっと支えやすい環境になればいいと思います。
インタビュー感想
西大宮駅より徒歩20分、緑溢れる環境の中に立つ「扇の森」。保育園が隣接しており、お祭りなどの行事はもちろん、毎月定期的な交流が持たれているとのことです。
柔らかな雰囲気の伊野さんは、一つひとつ、ご自分の中から湧き上がる言葉を、慎重に選びながらお話ししてくださったという印象がありました。介護職に就くきっかけとなったおばあ様は亡くなられてしまったとのことですが、「今の自分なら、もっと喜んでもらえることをしてあげられた。だから今、関わる方には、喜んでもらえることをしたい。その方も誰かの大切なおばあちゃんであり、おじいちゃんだと思うので」とおっしゃっていました。本当に素直な心で、利用者の方と向き合っておられるのだと思います。
「扇の森」で掲げている「新3K」に惹かれて入社したという伊野さんは、マイナスイメージが持たれやすい介護職のイメージを、払拭するお一人になられることだと思いました。
- 【久田恵の眼】
- 「施設に入居した祖母に笑顔が戻っていった」、幼い頃のその体験が彼女を介護職への道へといざなったのですね。お母さんが、施設へ娘を連れて行くことで、祖母と孫の絆を切らないでいてくれたのですね。それぞれの家族が親の介護とどう向き合うかが、子どもに大きな影響を与えるのだと教えられます。「介護」は、家族にとって一つの教育的課題です。子どもは、家庭や施設で、大切にケアされる高齢者の姿を通して大事なことを学び取っているのだと思います。