介護職に就いた私の理由(わけ)
さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。
花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/
- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第44回 保育士から介護職へ。
小規模多機能は、その人らしく生きられる最高の手段。
若年性認知症の人を支えるために働きたい。
今日、奥様と娘さんと来てるの、私のご利用者54歳
その頃、医師会が無料でセミナーを開催するっていう企画があって、その中に若年性認知症の項目があったんですね。それで市にお願いに行きました。「このセミナーを日野市の企画として、やってもらえないでしょうか?」って。それで市が動いてくれたところ、セミナーが大当たりで、当日は80名くらい来たんですね。それで、私が、セミナーの中で、「日野市で若年性認知症の会を立ち上げたい」って訴えたんです。
そうしたら、会場で別のケアマネさんに声をかけられて。「今日、奥様と娘さんと来てるの、私のご利用者54歳」って。「え~!」ってなって、私の利用者さんの奥様とそちらの奥様とが抱き合って号泣しました。「ずっと探していたのよ!」って。
今でもその光景は忘れることができません。それで、2011(平成23)年の2月に日野市若年性認知症の当事者と家族の集い「芽吹き」の会を立ち上げることができたんです。
それからは問い合わせがたくさん増えて、今はこの小規模多機能に若年性認知症の方が7名いらっしゃいます。3名が50代で、72歳の方もいるけど、発症が若年(65歳未満)なんですね。それと、スタッフも若年性認知症の人を雇用しています。
きっかけは、若年性認知症の会に「働く場所を探しているんです」という相談が来たことだったんですけど。地域の中に働く場所があるのが一番いいことなんですが、そういうのがないので、「じゃ、うちのスタッフになりますか?」って言ったら、とても喜んでくれて。庭の草木の手入れをしてくれたり、若年性認知症の利用者さんの卓球の相手もしてくれるんです。なかなかスタッフで若年性認知症の人はいないし、利用者さんも若年性認知症の人がこんなにたくさんいるところもないので、全国でも、まれな事業所だと思います。
ボソって言ってることが、すごく深い意味があったりする
一番こだわっていることは、利用者の方の言葉にちゃんと耳を傾けること。認知症だからって適当に聞き流さないこと。実は利用者の方がボソって言ってることが、すごく深い意味があったりするので。
それと、利用者の方が自己表現できなかった場合は、チームケアが大事で、その方がどう思ってるんだろう、っていうのを職員同士で徹底的に意見を出し合う。その中で、一人ひとりの意見は主観的なものかもしれないけど、それをすり合わせることで、客観化できるんじゃないかと思うんですよね。だから、利用者の方が何が辛くて、何が楽しいのかが分からない場合は、「こうじゃないか、ああじゃないか」って、「これやってみよう」「これダメだった、あれやってみよう」って。
つまりチームケア、地域、家族、いろんなスタッフを巻き込んで、みんなで一生懸命考えて、やっていくっていうやり方です。だから、スタッフの意見は命だと思っています。チームで、みんなで支援していくっていうのが小規模の醍醐味ですね。それぞれの人の言葉を大事にする。一人で考えるアイデアよりも、やっぱりチームで考えた方が幾倍にも素晴らしいものになるので。
認知症だとわかっていても働きたいんだ
私は残りの人生を若年性認知症の人を支えるために働いていこう、と思っています。自分は認知症になったんだって気づいている人が、結構いるんですよ。高齢者でも初期のときは、わかってらっしゃる方もいるんですけど、若年性の人のほうがリアルです。認知症とわかっていても、生きていかなきゃいけない。認知症だとわかっていても働きたいんだって。それを見たときに、自分は何ができるんだろうって考えました。働き盛りで認知症になるって、壮絶なつらさだったと思うんですよ。そこを支えなきゃ嘘だって。従来の介護保険サービスでは、支えられない。柔軟な頭を持ってないと難しいと思うのです。だから、高齢者以上に自分自身が問われますね、若年性認知症の人の支援は。
「会を立ち上げたい」って言っていた奥さん、亡くなってしまったんです、ご病気で。その奥さんの遺言じゃないけど、「若年性認知症の人をしっかり支えるしくみを作ってほしいんだ」と言われていたので、彼女との約束を果たしていきたいですね。
若年性認知症の会
インタビュー感想
もともとはこの業界にあまり興味がなかったという来島さんですが、お会いしてみると、24時間365日、介護のことを考えているような方でした。他にも、研修の講師として招かれたり、全国の小規模多機能の方々とつながってシンポジウムをやったりと、発想も行動も常にパワフルで圧倒されます。
また、「小規模多機能は、その人らしく生きられる支援ができる」という来島さんの言葉の通り、利用者の方の笑顔や生きがいを必死で守ろうとする姿勢には、心が打たれました。苦労して立ち上げた若年性認知症の会では、行き場を失っていた若年性認知症の方々や、そのご家族の心の拠り所になっていると思います。「人生に何が起こっても、きっと大丈夫」と言ってもらえそうな来島さんの強さと温かさに、とても勇気づけられた取材でした。
- 日野市若年性認知症 当事者と家族の集い「芽吹き」の会
問い合わせ:042-582-1801 日野市栄町2-17-1 小規模多機能ホームさかえまち
来島(きたじま)さん宛
※一緒に活動してくださるボランティアの方も募集中だそうです。
- 【久田恵の眼】
- 若年性の認知症の方は、厚生労働省のデータでは、全国で推計3万8千人ほどと言われています。最近、かなり知られるようにはなりましたが、彼らは高齢者の認知症と違ってまわりに十分理解されているとは言えません。しかも、現役の働き盛りのときに発症するので、経済的にも精神的にも家族の介護負担が大きくなってしまいます。
小規模多機能が、家族も含めた彼らを支援する拠点になり、さらに彼らの職場としても機能しているとは、素晴らしいですね。
小規模多機能は、どこも経営的に厳しく、その大変さを取材のたびに聞かされます。在宅介護を地域で支えるステーションとしてのこの大事な役割を、地域ニーズに即した自由な取り組みで、その存在価値をさらに知らしめていってほしいです。