「生きる・暮らす・よりよく暮らす」を実現するための経済的支援
第2回:所得保障の整理と活用の実際―国の制度と自治体の制度の両方に目を向けて
日本福祉大学 青木聖久
経済的支援には、所得保障(増やす)と、出費の軽減(減らす)の2つの側面があることは、連載の1回目で述べたとおりです。それをふまえて、2回目は、所得保障について述べます。
なお、ここでいう所得保障とは、「障害」を論点にして支給される制度を指します。したがって、ここでは結果的に障害がある人の多くが活用しているものの、制度を活用する際の論点が「困窮」である生活保護制度を含めないことにします。
では、制度を活用する際の論点が「障害」にあるものには、どのようなものがあるのでしょうか。また、それらは、法律で定められた国の制度として位置づけられているのでしょうか。今回は、その整理をするとともに、事例を通して理解を深めることにします。
所得保障における国の制度
ある意味、制度を利用する側からすれば、それが国の制度であろうが、自治体の制度であろうが、関係ないかもしれません。一方で、支援にあたる専門職は、これらを整理することによって、体系的な理解のもと、制度をより有効的に活用することが可能となります。
まず、国の所得保障の代表選手は「障害年金」です。また、「手当」として、「特別児童扶養手当」「障害児福祉手当」「特別障害者手当」をあげることができます。これらは、法律に基づく制度ですから、都道府県を超えて転居した場合でも、そのことをもって支給が停止されることはありません。
所得保障における自治体の制度
一方、自治体の制度は、都道府県、あるいは市町村の条例等によって定められ、都道府県もしくは市町村が独自に支給することになります。例えば、愛知県岡崎市の「岡崎市心身障がい者福祉扶助料」や同じ愛知県岩倉市の「岩倉市心身障害者扶助料」などです。これらは、障害者手帳を取得している者に対して給付するというものです。
したがって、支給額などは自治体が定めたものとなります。
事例を通して考える所得保障の意義
ここからは事例を通して、所得保障の実際について迫ることにします。
山本和夫さん(仮名)は、高校1年生のときに被害妄想から、周囲の視線が徐々に怖くなり、その後、外出が一切できなくなりました。精神科病院を受診(16歳0か月)したところ、統合失調症と診断されました。
一方で、和夫さんは、兄の宏さん(仮名)や姉の明日香さん(仮名)と、ふだんから仲がよく、自身が統合失調症と診断されたことについても、きょうだいで何度となく話し合ってきました。
明るい未来を創造するための最善の方法
その際、宏さんが「病気は、和夫にとって、一つの側面にすぎない。また、過去を振り返っても時間がもったいない。そんなことより、和夫の明るい未来を創造するための最善の方法を考えよう」といったことで、みんなが前向きになれたと、和夫さんは当時を振り返ります。
また、姉の明日香さんは、次のようにいったそうです。
「和夫は未成年で若い。今こうして、和夫の現実的な未来について話し合ったり、早い段階で、制度を使うなんていうのは、他の家庭なら、考えられないかもしれないと思うよ。でもね、私たちは、スーパー前向きな家族。何よりも、世間体でなく、大事な家族の一人ひとりが、生きててよかったと願う人たち。なので、和夫、宏兄さんがいうように、病気とうまく付き合っていく道を家族全員でつくろうよ」
発症から半年後に精神障害者保健福祉手帳を申請
これらの話し合いは、和夫さんが精神疾患を発症したから行われたというわけではありません。5年前に父親の太郎さんががんで亡くなり、3年前に母親の典子さんが脳梗塞で亡くなったときも、みんなで現状に向き合いながら話し合い、きょうだい全員で今と未来を考えてきたのです。ちなみに、それ以降、兄の宏さんは父親的役割を担っています。
その結果、和夫さんは発症から半年後に、精神障害者保健福祉手帳の交付を申請し、2級の手帳が交付されました。そこで、宏さんと和夫さんは、市の障害福祉課に相談し、「特別児童扶養手当」とともに、「心身障がい者福祉扶助料」を申請しました。その後、和夫さんは大学に進学し、20歳になるまで、特別児童扶養手当2級(月額約35,000円)が宏さんに、心身障がい者福祉扶助料2級(月額3,500円)が和夫さんに支給されることになりました。ちなみに、特別児童扶養手当は、20歳未満で、精神または身体に障害がある児童を家庭で監護、養育している父母などに支給される制度です。
国の制度としての障害基礎年金と市町村の制度としての心身障がい者福祉扶助料を受給
その後、大学2年の8月1日に20歳の誕生日を迎えた和夫さんは、障害基礎年金を申請し、約2か月後に2級(月額約65,000円)を受給することになりました。ちなみに、特別児童扶養手当は20歳未満が対象です。したがって、特別児童扶養手当を受給している人は、20歳になると、障害基礎年金の申請を検討することが一般的だといえます。
なお、和夫さんが住む市が条例で定めている「心身障がい者福祉扶助料」には、年齢による制限はありません。現在、和夫さんは、国の制度としての障害基礎年金と市町村の制度としての「心身障がい者福祉扶助料」を受給しています。
支援者に留意してもらいたいこと
- ・特別児童扶養手当は、障害年金のように遡及(そきゅう)請求がありません。あくまでも申請月の翌月分からの支給となります。したがって、知らないと本来受給すべき権利が消失するということを理解しておきたいところです。
- ・精神障害者保健福祉手帳は、すそ野が広く、発達障害や高次脳機能障害、認知症も対象にしています。これは、高齢者領域の支援者はおさえておきたいところです。
- ・国の手当制度には、特別児童扶養手当のほかに、「障害児福祉手当」「特別障害者手当」があります。このうち、特別障害者手当は、精神障害者保健福祉手帳1級所持者のなかでも重度の人が対象です。そのため、精神科病院等のソーシャルワーカーのなかには、制度を実際に活用した経験がない人もいるかもしれません。ところが、認知症がある人のなかには、特別障害者手当が支給される場合も少なくないようです。したがって、さまざまな立場の支援者が相互に情報を交換したり共有したりすることが有効だといえるでしょう。
- ・山本さんの場合のように、制度を活用する背景には、必ず主人公たる本人や家族のドラマがあります。時効などを考えて、手続きを急ぐ必要がある場合もあるかもしれません。その一方、ゆっくりと、当事者の人生に寄り添う場合の両方が重要だといえるでしょう。