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「生きる・暮らす・よりよく暮らす」を実現するための経済的支援

第1回 福祉制度へのいざな

日本福祉大学 青木聖久

 人は、たとえ自身の状況が変わらなくとも、社会資源を活用することによって、生きづらさが小さくなったように感じることがあります。とりわけ、現実問題としてのお金の問題は切実です。一方で、支援者が考えている以上に、お金を得たり、出費を軽減したりする方法について、精神障害がある人や家族(以下、本人や家族)が情報を得て、活用するという段階までたどり着くことは簡単ではありません。
 このようなことをふまえ、経済的支援を知り、活用することが、本人や家族の暮らしにどのような意義があるかなどについてお伝えしたいと思います。

所得保障と出費の軽減

 経済的支援は、大きく2つに分けることができます。それは、①所得保障と、②出費の軽減です。①の代表的なものが障害年金や手当、心身障害者扶養共済制度、雇用保険などで、②の代表的なものが交通運賃の割引や医療費助成、無料低額診療事業、税金控除などとなります。なお、生活保護には①と②の両方の側面があります。
 ここでは、お伝えしたいことが2つあります。1つ目は、これらの経済的支援の実施主体は、❶国、❷自治体、❸民間企業に分かれるということです。例えば、障害年金は国民年金法という法律によって定められており、支援の内容は全国一律です。
 一方、医療費助成は市町村が条例によって定めており、その内容にはかなりの格差があります。同様に、民間企業が運営する電車やバスの料金の割引などはそれぞれの企業により、やはり一律ではありません。

通行手形としての精神障害者保健福祉手帳

 2つ目は、これらの経済的支援を受けるための通行手形のような役割を果たすのが、精神障害者保健福祉手帳(以下、手帳)だということです。手帳がなくても、障害年金の証書や、医師の診断書などによって、経済的支援を受けられることもあります。ですが、基本的には、手帳を所持していることが経済的支援を受けられる証明になります。
 なお、これらの経済的支援を安心して利用できる、あるいは、本来受給すべき人が支援を受けられるために役に立つのが、成年後見制度や遺言です。また、所得保障を受給した後のお金の管理も、経済的支援では大切なことだといえます。

受給してから後悔したという人に出会ったことがない

 とはいえ、本人や家族は、経済的支援を受けるにあたって、躊躇(ちゅうちょ)することが少なくありません。私は約30年前、一人の精神障害がある人が絞り出すように発した、「障害年金を受けるということは、社会の偏見も含めて受けることになります。なので、私は受給しません」という、その言葉を忘れることができません。
 多くの本人や家族が、社会の目を気にしながら暮らしている姿を私自身、35年間ずっと見てきました。そのことからも、この言葉の重みを感じずにはおられません。でも、なのです。私は、経済的支援を受ける前に迷っている人に出会うことがあっても、実際に受給してから後悔したという人に出会ったことがありません。

これまで想像したこともないような景色

 それはきっと、経済的支援を受ける前は、「障害を認めるか・否か」ということが最大の関心事だった人が、実際に経済的支援を受けることによって、「豊かに生きるか・否か」というように、視点が変化したのだと思います。
 所得保障によって、家族からもらう小遣いではない、自由になる金銭を得ることができます。それによって、余暇活動などに使う余裕が生まれ、暮らしが広がり、これまで想像したこともないような景色をみることができるのです。
 ただし、だからといって、障害による生きづらさがなくなるわけではありません。ある意味、生きづらさを抱えながら、孤軍(こぐん)奮闘(ふんとう)するのではなく、社会に頼る、言い換えれば、応援団を得ながら暮らすなかで安心感を得られることが、経済的支援の意義だといえるでしょう。

家族会で情報共有したい「How was」

 その際、ぜひ、読者にお願いをしたいのが、家族会などを通して、すでに経済的支援を受けている本人や家族から、「How was」、つまり、「どんな感じ」という生きた情報を得てもらいたいということです。
 よくわからない制度やサービスにつながることが難しいのは当たり前です。だからこそ、人は世間の目に翻弄(ほんろう)されている自身の気持ちを解きほぐされ、背中を優しく押してもらえることを願って、家族会などとつながるのでしょう。

聞くことの勇気を得るための目次理解

 そして、ぜひ経済的支援に、というときに伝えたいことが、「目次理解」です。
 つまりは、概要の理解です。精神障害がある人が使える経済的支援にはどのようなものがあるのかという全体像を知り、「こんなのもありなのか」ということを事前に理解しておくことで、役所などに行ったときに、何をどのように聞けばよいのかがわかります。したがって、目次理解は、「聞く」ことに対する勇気を得られるといえるでしょう。
 また、専門職には、自身を社会資源として、目次を説明する「通訳者」の役割を果たしてもらいたいと思っています。
 そのような思いを込めて、私の仲間の弁護士、社会保険労務士、税理士、ファイナンシャルプランナー、ソーシャルワーカーという経済的支援の専門家チームで、「精神・発達障害がある人の経済的支援ガイドブック」(2022年)を出版しました。願っていることは、少しでも多くの人たちが、当たり前に経済的支援につながることです。

知ることは未来を感じること

 人は、知ることで未来を感じることができます。本書を通じて、その「知る」ということにつながることができれば、こんなにうれしいことはありません。読者の皆さんの今と未来を、心より応援しています。

精神・発達障害がある人の経済的支援ガイドブック