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介護リーダーの悩み解決

指示がないと動かないスタッフをどう指導したらいいの?

 自分で考えて行動せず、指示したことしかやってくれないスタッフには、どのような声かけが有効なのでしょうか。その改善策を考えるためには、まずは、そのようなスタッフの心理状態を理解することが大切です。そのうえで、「質問」を使った適切なかかわり方を探っていきましょう。

目次

気持ちがわからない!

 日頃から他人とのかかわりを避ける小田さんは、コミュニケーションに苦手意識があるのでしょう。頭の中では「話しかけられたら/わからないことを聞かれたら/失敗したらどうしよう」と、グルグルと考えているのかもしれません。
 人の心理状態は、❶緊張度が高い状態、❷通常の意識状態、❸警戒する必要のない状態──この3つに分類できます。
 たいていの人の場合、日常の多くの時間は❷の状態にあります。楽しいことやアイデアがひらめくのは、よりリラックスした❸の状態です。友人と他愛のない雑談をしている時間などが当てはまると思います。
 利用者の介助に初めて入るときや、人前でプレゼンを行うときは、❶の状態です。仕事中の小田さんも、この状態にあるといえるでしょう。
 緊張でガチガチになった状態では、自分を守ることだけにエネルギーを消費してしまい、問題の解決に向けて考えるためのエネルギーは残っていません。指示がないと動けないのは、何も考えていないわけではないのです。まずは、スタッフのそのような心理状態を理解しましょう。

接し方がわからない!

 指示を待つことが当たり前になっているスタッフの気持ちに、どのような背景があるのか理解できたと思います。では、どのようなかかわりが適切なのでしょうか? 主体的に考えてもらおうとして、それをそのまま伝えることは、当然のことながら効果的ではありません。
 スタッフに自分の課題や問題を主体的に考えてもらうためには、自発的な思考や行動を促す「質問」が役立ちます。介護リーダーがスタッフに質問することが、主体的に考えてもらうためのかかわりとなるのです。
 では、なぜ質問が大切なのでしょうか? 私たちは日頃、無意識に行動しているつもりでも、頭の中では次々と自問しています。就職活動中であれば、新しい介護施設のオープニングスタッフ募集の求人情報が目につくと思います。これは、就活について自分の中に「質問」があるからです。どのような問いをもっているかによって、見えるものや聞こえるものが変わるのです。
 そして、質問に対する答えが見つからないとき、脳に「空白」ができます。脳は空白を埋めようとはたらきます。たとえば、テレビで俳優の姿を見て、名前を思い出せずにもどかしく感じた経験が一度はあると思います。そのときは思い出せなくても、後日に別のことを考えているときに、ふと思い出したことはないでしょうか。これは、意識せずとも、脳はおのずと空白を埋めようとはたらいているからなのです。
 この脳の自然な機能を活用したコミュニケーションの手法を「コーチング」といいます。コミュニケーションが苦手な小田さんは、自分を守るための問いで頭がいっぱいなのかもしれません。リーダーが「コーチ」となって質問することが大切です。

どんな質問をしていいのかわからない!

 自分で考えて行動できないスタッフは、自分を守ることに意識が向いている状態にあります。そんなスタッフに対して、どのような質問をすればよいのでしょうか?
 たとえば、仕事に興味や関心を向ける質問を考えてみます。「この介助する際に何を最優先にすべきだと思う?」「利用者にどんな生活を提供したいと思う?」「この介助の目的は何だと思う?」「逆の立場だったら、どんなふうにしてほしいと思う?」「利用者が一番望んでいることは何だと思う?」「介護職にとって何が一番大切だと思う?」「新人スタッフのお手本になるにはどうしたらいいと思う?」などがあります。
 大切なのは主体的に空白を埋めようと考えることなので、スタッフが質問に答えられなくても問題ありません。答えられないときは「しばらく考えてみて」「答えが出たら教えてくれる?」と委ねてください。
 忘れてはならないのは「質問の質が答えの質」ということです。質のよい質問によって空白ができた(答えがわからない)状態は、興味や関心のあるときと同様の意識が向きます。皆さんも、興味や関心のあることに関しては「どうなっているの?」「もっと上達するためには?」と、自然に問いが浮かぶと思います。
 人は自分自身で考えるときに、主体的に動くことができます。他人から指示されて行動することを続けていると、しだいに「やらされ仕事」になってしまいます。指示を待ってしまうスタッフが自分に向けている意識を仕事に向けてもらうためにも、質のよい質問を心がけましょう。

一人ひとりのことを考える時間がない!

 「スタッフへの質問を投げかけてください」と言っても、リーダーには一人ひとりのスタッフに問いを投げかける余裕も時間もないかもしれません。現場では目の前のことに手いっぱいなのも事実でしょう。
 もちろんコーチングがいつでも万能なわけではありません。ティーチングが適切なときもあります。たとえば、利用者が食べ物を喉に詰まらせたときなどの緊急事態では「こうして」「ああして」というティーチングが必要です。一分一秒を争うときは「あなたはどう思う?」と質問している場合ではないのです。
 コーチングが有効に機能するのは、スタッフが辞めたいと言っているときの面談などです。十分な時間をとり、面談を行って話を聞くことができる事柄では、コーチングを用いたかかわりが有効になります。

明日からできるファーストステップ

 一般的に、社会人の悩みのトップに挙がるのは「人間関係」です。介護職の方々に研修で接していても、コミュニケーションへの苦手意識をもつ方が多いと感じます。
 介護職のみならず、どのような仕事でもコミュニケーション能力は不可欠です。ただし、「人付き合いが苦手」「人見知り」というスタッフが介護職に向いていないかといえば、そんなことはありません。
 そもそも、なぜコミュニケーションに苦手意識をもっているのでしょうか? あなたが苦手だと感じている物や事柄を例に、苦手になった経緯を思い出してみてください。
 苦手な物や事柄には、過去のつらい思いや怖い思い、嫌な思いがあるはずです。食べ物を例にとると、大好物でも食あたりにあえば、食べられなくなることもあるでしょう。匂いを嗅いだだけで拒否反応が起こることさえあります。これは記憶や経験から「苦手」だという価値観のフィルターが出来上がってしまうからです。
 同様に、コミュニケーションへの苦手意識も、過去にうまくいかなかった経験や、恥ずかしかった思い、つらかった体験がつくり上げたフィルターによるものかもしれません。
 そうすると、コミュニケーションが苦手なスタッフに「介護職はコミュニケーションが大事だから、何でもいいから話しなさい!」と言うと、ますますコミュニケーションが苦手になってしまいます。
 価値観のフィルターの色を変えるために、リーダーはスタッフの「強み」「よいところ」「できているところ」に意識を向けてみてください
 もちろん、一日中ずっとスタッフのよいところに意識を向ける必要はありません。最初は朝礼のときだけなど、時間を決めて数分から数十分でも構いません。「笑顔がいいね」「字がきれいだね」「先にあいさつしてくれてうれしいよ」「一番に出勤したんだね」「いつも優しい声かけがいいね」「Aさんがいると利用者が安心するみたいだね」など、リーダーがスタッフ自身でも気づいていない強みを見つけて伝える。これを短期間でも続けると、スタッフに「笑顔が増える」「率先してあいさつするようになる」「声が大きくなる」「明るくなる」などの変化が生まれるはずです。
 ここまで読まれたあなたには、「スタッフの強み?」「よいところ?」「できているところ?」という空白ができているはずです。その空白を自分で打ち消さずに「スタッフのよいところはどこかな?」と、自分にもコーチングを行ってみてください。空白をもって接することで、スタッフのいつもと違う一面が見えてくるはずです。

仲川麻子
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業後、印刷会社でグラフィックデザイナーとして勤務。その後、フリーの漫画家として週刊モーニングなどで連載。代表作に『ハケンの麻生さん』『飼育少女』など。イラストレーターとしても活動中。

三田村 薫
2003年に介護支援専門員の資格を取得し、介護業界に。介護スタッフ間のコミュニケーションの大切さを痛感し、コーチング研修講師としての活動を開始。現在は参加型研修が特徴の介護・医療職専門コーチとして全国でセミナーを行う。

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この記事は、介護専門職の総合情報誌「おはよう21」の連載「新しい介護リーダーのための12ステップ」第2回の内容をもとにしています。