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「ほんとうの自立支援」を考えよう

対談 田中義行さん×山出貴宏さん

介護の現場では、当たり前のように 「自立支援」 という言葉が使われ、その考えのもと、多くの介護職が利用者とかかわっています。でも、そのかかわりは、本当に 「自立支援」 になっているのでしょうか。「できるから、やってもらう」 ようにかかわっていたのに、次第に利用者の状態が悪化してしまった、という経験はありませんか?
新刊『誰のため? 何のため? 「ほんとうの自立支援」がわかる本』(中央法規)の著者・山出貴宏さんと、山出さんの活動に大きな影響を与えた田中義行さん(理学療法士)に、「自立支援」の捉え方について語り合っていただきます。


利用者に合った支援ができているか?

山出 「自立支援」という言葉は、介護職であれば、誰もが知っている言葉だと思います。でも、その考え方をしっかりと理解している方は少なくないと感じます。実は、私自身もそうでした。「自分でできることをやってもらう」のが自立支援であり、それは素晴らしいことだと思っていたのです。
 ところが、「いいこと」をしているはずなのに、利用者の状態はどんどん悪くなる。そんな経験から、本当の意味での「自立支援」とは何なのかと考えるようになりました。その一環で、田中さんのセミナーにも参加させていただき、支援に対する考え方が大きく変わりました。今回、本を出したのも、現場の皆さんに「自立支援」の意味を考え直してほしいとの思いがあったからです。

田中 まず大切なのは、「生活とは“営み”であり、ずっと継続していくものである」ということです。つまり、生活はその時々の「点」ではなく、今後に向かって「線」でつながっています。現場ではその視点が抜けているように思います。そのため、「今できることをやってもらうのが自立支援」と考えて、多少無理しても、それをやってもらおうとする。でも、その支援が利用者の状態に合っていないと、身体に負担がかかり、いずれは状態が悪化してしまいます。

山出 実際、現場で介護職が「よかれ」と思って行っている「自立支援」では、危ないと感じる場面がよくあります。知識がないまま、思いを先行させた支援を行うと、最終的には利用者に不利益をもたらすことになりかねません。「今が幸せならいい」という考え方は危険だと思います。

田中 介護職の皆さんには、利用者が「なぜ介護を受けることになったのか」ということに目を向けてほしいと思います。研修などの場で、介護職に「担当している利用者の既往歴・現病歴を知っていますか?」と聞くと、しっかりと把握できていない人が多いんですよね。でも、要介護の状態になったことには、必ず原因があります。それは既往歴・現病歴をみれば、ある程度わかります。利用者が抱えている病気を把握できていないから、利用者の状態に合わない支援になってしまうのです。

あくまでも主体は利用者

田中 山出さんの本の「事例31」(p.92)には、「『自分なら…』は、ただの主観」と書かれていますね。まさにそのとおりだと思います。

山出 私自身、介護の世界に入ったときに、先輩から「自分がされて嫌なことはしないように」と言われたことがあります。

田中 この考え方を支援の基準として捉えると、相手のことが見えなくなってしまいます。自分が「こうされたら嬉しい」「こうされたら嫌だ」というのは、本人の感覚でしかありません。利用者のことがわからないから、どうしても自分を基準にしてしまうのかもしれません。

山出 「自分ならば…」という考え方の介護職は多いように感じます。

田中 それに加えて、「いい介護」に対する考え方は、人によって大きく違いますよね。医療であれば「目指すべきゴール」が比較的わかりやすいけれど、介護は「生活」を支えることが基本なので、「目指すべきゴール」は人それぞれ。「生活」の概念が広すぎるから、人によって捉え方が違うのはやむを得ないと思います。しかし、職場ではそれがある程度統一されるべきでしょう。自分の信じる「いい介護」が周囲に理解されないと、「辞めたい」と考えるようになり、離職につながってしまいます。

できていることはしっかりと評価する

田中 自分に何ができるのか」がわかっていなかったり、考える余裕がなかったり…。介護職の皆さんは、アイデンティティが低いように思います。それは、自分を肯定されるような機会があまりないからです。たとえば、職場内での研修に参加しても、「これができていない」「あれも知らない」とダメ出しばかりされてしまう。そうしたことが続くと、「自分がやっていることは本当に正しいのだろうか」と自信がもてなくなってしまいます。さらに、学ぶこと自体が嫌になってしまうかもしれません。

山出 たしかに、「これはだめ」と言われるだけで、なぜだめなのか、どうすればよいのかを教えられていないですね。しかも、教える職員の個人的な価値観で「良い・悪い」を判断するので、職員はどうすればよいのかがわかりません。

田中 でも本当は、何もできていないわけではありません。私はいろんな現場に入って、介護職の実践を見させていただく機会が多いのですが、しっかりできていることは多いと感じます。そんなときは、「ここはよくできているので継続してください」等の声をかけています。

山出 できていることをしっかりと評価したうえで、足りないところが何かを伝える。介護現場ではそうした教育が足りないように思います。それによって、職場に嫌気がさして退職するということがあります。離職が少なくなれば、利用者にとってもいいことですよね。

ほんとうの自立支援とは?

山出 今回の本では、「反省事例」をあえて載せました。これは私自身が以前やってしまった「失敗」の事例です。失敗があってこその成功なので、失敗(反省)事例は、どうしても書きたかったんです。その体験をふまえて、次に進むべきことを考える。失敗から学ぶ姿勢は大切だと思います。

田中 現場の皆さんは、「どうすればうまくいくか」という成功のプロセスが知りたいと思います。でも、成功の前段階として「失敗」があります。その意味では、失敗事例を知るのは大切です。誰もが成功体験だけをしているわけではないですからね。
 最初に山出さんが言ったように、「自立支援」という言葉は現場でよく使われているものの、「それはどういうものか」と聞かれたら答えられず、あやふやに理解している人が多い印象です。この本を読んで、「自立支援」とはどういうものかを、しっかりと自分自身に問い直す機会にしてほしいと思います。山出さんが示してくれた失敗事例は、「自立支援」を考えるうえで意味のある内容だと思います。

山出 もしかすると、この本で示していることと、自分の価値観は合わない、と思う人がいるかもしれません。でも、まずはこういう捉え方があるということを知って、自分の実践と照らし合わせてほしいです。自分が行っていることは、長期的にみたとき、本当に利用者のためになっているのか。利用者の今後の生活を見据えてほしいと思います。

山出貴宏(やまで・たかひろ)
専門学校で医療ソーシャルワークを学ぶ。卒業後、建築会社に就職し、現場で建築を学んだ後に介護業界に転職。2011年に独立して株式会社NGUを設立。少しでも長く自宅で生活を続けられるかかわりができる事業をつくりたいと考え、生活維持向上倶楽部「扉」を開設。生活維持向上倶楽部シリーズとして「匠」「心」「栞」を運営しつつ、地域創造への取り組みも行っている。

田中義行(たなか・よしゆき)
株式会社大起エンゼルヘルプ 介護事業部 部長補佐。身体拘束廃止活動が原点。障害者の身体構造・生理にかなったわかりやすい介護技術、拘縮を防ぐ介護技術などを、全国の研修会、講演会などで伝えている。著書に『マンガでわかる拘縮を予防・改善する介護技術』(中央法規)ほか多数。

『誰のため? 何のため? 「ほんとうの自立支援」がわかる本』

山出貴宏=著

「本人にできることをしてもらえば自立支援」など、現場では本来目指すべき「自立支援」が思い込みで誤解されたり、介護職の都合で曲解されるケースが多い。マンガや事例を通し「思い込み自立支援」から「本来の自立支援」へと見直すための具体的な対応とヒントを解説。

判型:A5
頁数:168頁
価格:2,420円(税込)
発行日:2023/9/30