福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
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- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第51回③
一般社団法人Vielfalt(フィールファルト) 代表理事 久保 亘さん
「ぼくらもひきこもり経験者で仲間」
というスタンスを大切に活動
一般社団法人Vielfalt(フィールファルト) 代表理事
久保 亘
1961年生まれ。35年間以上にわたり日本・外資系のIT業界で、コンサルティング事業責任者、営業責任者を務める。日本企業には輝く人材と組織風土創生が急務であると痛感し、2018年に出身地の渋谷を拠点に組織の未来づくりを支援するコンサルティング会社渋谷ハンブルコンサルタンシー株式会社を設立。同時に、「誰もが自分らしい働き方をつくれる社会の実現」をビジョンに一般社団法人Vielfaltを設立。働きたくても働けない人への応援活動をおこなっている。一般社団法人ソーシャルビジネス・ネットワーク フェロー。
取材・文 毛利マスミ
前回は、久保さんの生い立ちや自身のご経験についてうかがいました。今回は、フィールファルトの活動について具体的にお聞きします。
―フィールファルトでは、どのような活動をされているのでしょうか。
フィールファルトの活動のなかでも、「応援者とつながる」ことを目指して始めたのが「渋谷エールカフェ」です。ベンチャー企業の社長や漫画家、アナウンサー、俳優など、社会で活躍しているひきこもり経験者や応援者と気楽におしゃべりしつつ、食事を楽しむカフェ形式の会です。名乗る必要はなく匿名で参加できるスタイルにしています。その席で話した内容が外に漏れることはないですし、同席がいやになればすぐに席を立っても構いません。そういうコンセプトではじめました。
コロナ禍のいまは、オンラインでの開催になっていますが、2020年以前は渋谷センター街の店で月一度開催していました。ライブハウスでやったこともありましたね。
渋谷区からは、区の設備を使ってはどうか? とも提案されたのですが、そうした施設に人は集まりにくいですし、私の経験もふくめて安心できる隠れ家的なお店でやりたいという希望がありました。人混みでその店に入ったのかどうかもわかりにくい場所にある店を徹底的に探して、やっと見つけた店に協力をもらいました。そしてそこで、人知れず会合を開くというか。
渋谷エールカフェの集客はFacebookを中心にしています。オフィシャルに集客をしようとすると隠れ家的な雰囲気ではなくなってしまうし、ひきこもりの人に正面から「一緒にごはん食べましょう!」と声をかけても集まりません。「あなたひきこもりでしょ。支援するから来なさい」なんて絶対にNGです。それで、「ぼくらも経験者で仲間なんですよ」というスタンスで集客しています。最初は1人でも来てくれればいいなと思っていたんですが、初回から20人くらい集まりました。
―渋谷エールカフェでは、どのようなことをするんでしょうか。
ただ食事をするだけでもよかったんですが、それだけではちょっと物足りないので、応援者の誰かに話をしてもらっています。「テーブルを囲んで、誰かが自分の人生を語る」というスタイルです。前回は漫画家さんに話をしてもらいました。当事者さんには参加してくれれば、しゃべらなくていいし、名乗らなくても、何もしなくていいよと伝えています。つながっていればいいんです。
たとえば、5秒だけお店に入ってきてそのまま帰っちゃう人とか、毎回店の前に立っていて、店内には入ってこない当事者もいるんですよ。それでも、後から話を聞くと、それだけでも十二分に満足だったといってくれるんです。後からメールがきて、個別で会ってほしいという人もいるし、10数年ぶりに外に出たという人もいます。
ライブハウスでは、ひきこもり経験者でバンド活動している人のライブをやりました。このときは、ひきこもりの子をもつ親御さんもいらして、ほかの親御さんと交流したりもしました。こうした親御さんは、ほかの家庭や当事者の話を聞く機会はとても少ないので、他の当事者との話をすることで大きな気づきもあったなど、とても楽しい時間になったとよろこんでいただきました。そしてこんなふうに、親御さんの気持ちが明るくなると、当事者さんとの関係も好転することがよくあるんです。
―他に、当事者に社会を経験するチャンスを提供するプログラムがあるとうかがいました。
次に、渋谷エールカフェで応援者とつながったあとの流れとして、「社会とつながる」ことを目的とする、「渋谷エールジョブシャドウイング〜社長のカバン持ち、経営者やリーダーと過ごす半日間〜」があります。「社会で何かする」ことの基本的な価値を感じてほしいということを目的に立ち上げたプログラムです。ジョブシャドウイングは、アメリカではメジャーなシステムで、社長のカバン持ちをすることが活発におこなわれています。
知り合いの企業や仕事仲間に声をかけ、クラウドファンディングで100万円集めて、2019年にスタートさせました。これまで、下北沢本多劇場グループ総支配人の本多愼一郎さん、ゲーム会社の社長、ピアノ教室の社長、電気工事会社の社長など、多種多様な分野の方が協力してくださっています。先日は、たこ焼き屋店長さんにも協力をいただいたんですよ。
仕事では、「社会にどんな価値を与えることができるか」が問われますが、それがどんな意味なのかなんて、社会経験ゼロならわかるわけありませんよね。だから、社会にそうした価値をつくっている人の横で、その人がどんなパワーでやっているのか、感性とか活動を直接感じることがとても重要なんです。たった半日という短い時間ですが、当事者にも協力してくださる企業にも、相互に強い影響を与え合うプログラムとなっています。
インターンと決定的な違いは、ジョブシャドウイングではあくまでもカバン持ちであるということです。それに、たとえば18歳からひきこもって21歳になってアルバイトでもしたいと思っても、履歴書にある空白の期間で落ちてしまうのが今の社会の現実です。「3年間何もしていなかった」というのが、マイナス評価になってしまうのです。なので、ジョブシャドウイングの経験があれば、自分の言葉で仕事に関することを話せるようにもなります。
考えようによっては3年間何もしないでひきこもっていたということは、相当なパワーの蓄積があるともいえますよね。何もしないで内面を深めていた期間というようにとらえれば、まったく見方は変わってくるんです。
私はいまの社会はとても冷たいと感じています。面接では「君は何ができるのか」と問われ、精神を傷つけられてしまうのです。以前なら、そもそもアルバイト程度であれば履歴書がなくても「地域の知り合いの紹介」というような関係性での雇用もありましたが、いまはそうした人間関係もありません。
仕事が最初から完璧にできなくても、手伝ってほしいなというところから始まるような、そんな社会がつくりたい、というのが私たちのジョブシャドウイングの発想です。とにかく、「つながる」ことを第一に、そうすれば人は変わって行くことができると考えています。
―ありがとうございました。次回はさらにフィールファルトの活動と、フィールファルトの意味などについておうかがいします。
コロナ禍前に開かれた、渋谷エールカフェの様子。いまは、オンラインで開催されている。