福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
●インタビュー大募集
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花げし舎ホームページ:
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- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第44回②
よこすかひとり親サポーターズ・ひまわり 代表 佐藤 智子さん
たくさんの方に支えられ、勢いよくスタート。
後に横須賀市の事業委託をうける。
よこすかひとり親サポーターズ・ひまわり
代表 佐藤 智子さん
1974年横須賀生まれ。離婚後2人の子どもを育てるために看護師になることを決意。働きながら看護学校に通っていたころ、横須賀市が主催でひとり親の交流会を始めた。何度か参加し、生活の中で困っていることや変えてほしい制度について意見を出したが、検討されている様子もなく現状はなかなか変わらなかった。「当事者同士語れる場が必要。一番困っている人に役立つ制度も欲しい。それならば自分たちで立ち上げよう」と交流会で知り合った2人と2009年4月、「よこすかひとり親サポーターズ・ひまわり」を立ち上げる。当事者市民団体として、ひとり親同士が自由に話すことのできる交流会を始め、様々な活動を広げた。2014年、横須賀市から事業を委託され、行政との橋渡しも一挙に引き受けている。現役の看護師として活躍しながら2代目の代表を務める。
- よこすかひとり親サポーターズ・ひまわり
https://congrant.com/project/himawari/3095
取材・文:原口美香
―前回は佐藤さんが「よこすかひとり親サポーターズ・ひまわり」を立ち上げたころのお話を中心に伺いました。
―その後はどのように活動をしていかれたのでしょうか?
最初のころは2、3か月に一回くらい交流会を開催していました。横須賀市主催の会も同時にやっていたので、今まで通り参加しながら「ひまわりもやっているから来てね」とチラシを配りました。会を重ねていくうちに、一緒に活動したいとチラシ配布を手伝ってくれる人や、当日のお手伝いをしてくれる人も出てきました。そのうちにバーベキューをやろう、キャンプをやろう、クリスマス会もやろうと、どんどんやりたいことが広がってきました。
初めて企画した「うみかぜ公園(横須賀市)」でのバーベキューには50世帯くらい集まったんです。バーベキューセットを貸してくださる公共施設の方や当日ボランティアで荷物運びや調理をしてくれる方など、多くの方が力を貸してくださいました。
だんだんと資金も必要になってきたので、横須賀市の共同事業や神奈川県の子ども育成事業に応募して助成金をもらいながら活動していきました。イベント時に当時の市長さんが顔を出してくれることも多く、参加することに安心感を持ってくれる人が増えたと思います。2014年には横須賀市から市の事業として委託されました。
―たくさんの方が活動を支えてくださったのですね。
実は上の子が中学に入るあたりで、私は一度活動を離れたんです。それまでは土日も、仕事を終えた平日も全部「ひまわり」のことをやっていて、ある時子どもが「ひまわりばかり嫌だ」と言い始めて。参加しているときはすごく楽しそうにお姉ちゃん的役割をしてくれていたし、それなりに遊びにも連れて行っていたけど物足りなかったのかな、色々我慢しちゃってたのかなと申し訳なく思いました。子どもと楽しく暮らしていきたいと始めた「ひまわり」なのに子どもが淋しい思いをするのは本末転倒だと思い、その気持ちをメンバーに話し、勝手ながら抜けさせてもらうことにしたのです。
その後、今までやったこともなかったPTA活動にも関わりながら、子どもと向き合うように暮らしました。上の子が高校を卒業するくらいの時に、元の代表から「そろそろ世代交代をしたい」という話があったんです。2015年に起こった川崎の事件(ひとり親家庭の13歳の少年が地元の少年グループから凄惨な暴行を受け亡くなった)のこともずっと頭にあって、ひとり親としてすぐ身近に起こりうることだと思いました。交流会や親子共に関わる場があればなんとかなったのではないかと思い悩んでいました。子どももそういう私の姿に気付いていたんだと思います。話したら「いいよ、やりたいんでしょ」と賛成してくれたのです。
今では立ち上げた3人のうち2人は引退し、2020年4月私が2代目代表を務めることになりました。
―次回は2代目の代表となった佐藤さんの現在の活動についてお話を伺いたいと思います。
「アロマで簡単リラックス」「ひとり親のための法の手続きと家計のお悩み相談会」
「父子家庭交流会・男の子のママのお悩み相談会」など、
知りたい内容が盛りだくさんの保育付き講演会。