福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
●インタビュー大募集
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花げし舎ホームページ:
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- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第40回④ 前﨑知樹 株式会社福祉メイキングスタジオ うみべ 代表取締役
利用者の方の視点で選べる
多様性のある福祉の世界をつくっていきたい
株式会社福祉メイキングスタジオ うみべ 代表取締役
前﨑知樹(まえさき ともき)
1984年山口県生まれ。福祉系の専門学校を卒業後、障害者施設、高齢者施設などを15年ほど経験。現場で感じた「ニーズに応えられていないサービス」は、自らつくるしかないと起業を決意。5年の準備期間を経て、2021年4月共生型多機能施設「福祉メイキングスタジオ うみべ」を開設。
取材・文:石川未紀
―前回は、今の施設の様子を伺いました。
―今後の取り組みについて教えてください。
利用者さんのなかに、アクセサリー作家となって自立したいという方もいます。
デイサービスや生活介護の施設ではレクリエーション、B型の施設では生産活動として、さまざまなものを作りますが、プロの作家を目指すための施設ではありません。妻がプロの絵描きなので、よくわかるのですが、プロとしてやっていくためには、作り方はもちろん、デザインやセンス、販売に至るまでには、さまざまなプロセスがあって、それなりの勉強が必要です。専門家からの知識や情報も大事です。ここで作っていてもプロとしてはデビューできません。でも、外部からの人がたくさん出入りする環境であれば、人と人がどこかでつながって情報や知恵や技術を共有できます。実際、応援するためにいろいろな人が集まってきて、プロデビューを目指しています。
一般就労というイメージはみなさん、サラリーマンのような職種を想像しているかもしれませんが、それだけではありません。妻も作家で個人事業主ですし、私もサラリーマンではありませんが、とても楽しく働いています。働き方は自由だし、別にどの働き方がいいとか悪いとかはありません。ですから、アクセサリー作家になりたいという利用者さんだけに限りませんが、どんどんみんな個人事業主になってプロとしてやっていけばいいと思っています。ネットなどで作品を販売していますが、うちの屋号ではなく、作家名でデビューしています。そのやり方でないと、ここを去った時に売れないと困りますから。
―真の自立支援ですね。そうした発想がなかなか持てないですね。
福祉の世界でも独自性を持っていいんだということを伝えたいですね。
福祉メイキングスタジオだけがやっても何も変わらないと思っています。
大きな目標ですが、ここでやっていることが映画化されたり、ドラマ化されたらいいなと思っています。それをしないと僕がしたいこと、「独自性を持って挑戦すること」が若い人に届かないと思うからです。福祉職の不人気を打破していくには、メディアに出ていけるタイプの職員、福祉施設が増えていくしかない。一種のブームを起こす必要があると考えています。特に、若手の育成の必要性はとても感じています。大学の講師依頼などの話もあるので、そのような場を通して、伝えていきたいと考えています。また、若手の起業家を目指す方たちにも機会があればお伝えしていきたいですね。
それは決して僕たちの真似をしてほしいと言っているのではありません。福祉の世界であっても新しい発想でやっていいのだということ、当たり前のようですが、これまで福祉の世界ではなかなかそれが受け入れられませんでした。けれども、それを打破するような施設や仕組みというのを福祉メイキングスタジオだけがやっていても何も変わらないと思っています。全国各地で、それぞれの地域性や発想を持って新しいことにチャレンジしていく、その手法を伝えたいと思っています。
僕たちには見えていない新しいこともたくさんあると思います。そうしたものを若い人たちがどんどん発掘して形にしていってほしい。
福祉メイキングスタジオはとにかく開放的で、野良猫も自由に闊歩するような場所なんですが、利用者さんだけでなく、スタッフもみんな楽しく過ごしています。
実は、この場所に決めるまで、20か所以上を回りました。「ゆったり、楽しく、働く」がコンセプトですが、とにかくゆったりと楽しく過ごしてもらいたい、風通しの良い場所であり続けたいと思っています。
就労継続支援B型と生活介護、高齢者の地域密着型通所介護(デイサービス)を融合させた共生型多機能施設というのは、新しい試みですが、もっといろんな発想のいろんなタイプの場所ができればいいと思っています。これまでは利用する側の希望や意思はあまり反映されてきませんでした。送迎があるかどうか、といったことで行く場を決めてしまうのは本来の目的とは違いますし、本人にとっても、必ずしも楽しい場所になるとは限りません。そういう視点で選ぶのではなく、多様な施設があり、そこから利用者さんにあった施設を自ら選ぶ、という時代になるようになってほしいと願っていますし、そうなるよう僕らも努力していきたいと思います。
―ありがとうございました。
発信していく勇気も大事
- 【インタビューを終えて】
- 福祉の現場経験が豊富で、かつ自由な発想で行動できる。これは簡単なようでとても難しい。逆風にも負けずに起業にたどり着けた背景には、さまざまな試練があったはす。でも、それを全く感じさせない前﨑さん。生き生きとお話しする姿に、そんなに楽しいなら、行ってみたい、やってみたいと自然に思いました。こんな場が全国にたくさんできると未来は明るい!と思います。
- 【久田恵の視点】
- 現状を「ニーズに応えられていないサービス」と、指摘する前崎さんの問題意識は鋭い。介護の現場を取材すると、入居者や利用者の方で、家族やケアマネージャーさんに「入れられた」と嘆く方が少なくありません。
当事者が、自分に必要だ、と思える場所、つまり「ニーズに応えられる場所」でなければ、本当の意味で支える場所にはなりません。介護を受ける人たちの声なき声が現場に届き、新しい介護の時代が訪れようとしているのを感じます。