福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
志をもってチャレンジを続ける方々を、毎月全4回にわたって紹介します!
【毎週木曜日更新】
第40回② 前﨑知樹 株式会社福祉メイキングスタジオ うみべ 代表取締役
苦い経験から、風通しのよい
オープンなスペースを目指す
株式会社福祉メイキングスタジオ うみべ 代表取締役
前﨑知樹(まえさき ともき)
1984年山口県生まれ。福祉系の専門学校を卒業後、障害者施設、高齢者施設などを15年ほど経験。現場で感じた「ニーズに応えられていないサービス」は、自らつくるしかないと起業を決意。5年の準備期間を経て、2021年4月共生型多機能施設「福祉メイキングスタジオ うみべ」を開設。
取材・文:石川未紀
前回は起業に至るまでの経緯を伺いました。
―共生型多機能施設という発想はどこから生まれたのでしょうか?
前回もお話ししましたが、高齢になった障害者の方に特化した施設がありませんでしたので、就労継続支援B型と地域密着型通所施設(デイサービス)を融合させたものにしたいと思っていましたが、そもそも就労支援と高齢者の生活支援は目的が違うので、それはできないと役所に言われました。そこで、障害者の福祉サービスである生活介護とデイサービスは組み合わせても問題ないことがわかり、かつ、生活介護と就労継続支援B型も組み合わせは可能だということで、3つを組み合わせて、申請しました。「共生型多機能施設」という名称は僕が作っています。現在、日本でうちだけです。
―なるほど。それだと問題ないのですか?
最初は前例がないと言って受け付けてもらえませんでした。しかし、法律上に明らかな問題があるわけではありません。けれどもこの三つを組み合わせた共生型は全国にも例がなかったので、県は懸念を示していました。ちなみに、障害者は県が管轄しており、高齢者は市区町村が管轄です。それで、山口県光市のほうにも相談に行き、こういう共生型の施設をオープンさせたいと伝えました。「前例がないから、注目されます。富山型という共生型の融合施設ができたときも全国的に注目されましたよね。この新しい試みを光市発信でやりたいのです」と伝えたところ、市の方がぜひそうなるようにがんばりましょうと応援してくれたんですね。
オープン一か月前にようやく許可がでました。
―そんなにギリギリに…。
許可が下りるのがあまりにギリギリだったので、本当にドキドキしましたね。建物をはじめ、すべての設備や機材、人の配置も含めて準備して、ダメだったら借金だけがかさんでしまいますから。県で、前例がないから無理と言われたときには「どうしよう」と途方にくれました。
―実際にオープンしてから、反応はどうでしたか?
事業計画書よりも二年早く、目標が達成でき、メディアをはじめさまざまなところから取材や見学に来ていただいています。
また、障害が軽度な方から重度の方まで幅広く利用でき、障害のある高齢者の方だけでなく、特別支援学校を卒業した方もいらして、まさに共生ができています。
三年前に、就労継続支援B型の制度が一部変更になり、高い工賃を利用者に払えば、国から高い報酬が入るという仕組みになったのです。そこで、多くの施設がノルマをあげたり、クオリティをあげたりしたんですね。もちろん、それはいいことだと思います。本人のやる気につながりますし、クオリティが上がれば、社会への接点も広がります。一方、高いノルマをこなせない、そこからもれてしまった人たちは行き場をなくしてしまったのです。
特別支援学校時代は、簡単な作業や清掃などをこなしていた人たちも、就労継続支援B型に入れないケースも出てきたんですね。本人や親御さんもせっかくできていたことを、必要な介護や援助を受けながらでも、何とかやりたい、やらせたいと思っている方も結構いらして、そういう方たちがここに来ています。
募集は、生活介護、就労継続支援B型、デイサービスとそれぞれ分けていますが、生活介護に来ている方でも働けば工賃はお支払いしています。デイサービスを利用されている方も、仕事をすれば有償ボランティアという形で支払います。
―それは本人のやる気にもつながりますね。
一方で、今日はやりたくない、ゆったり過ごしたいという日は、作業はしません。ですから、きついノルマがある仕事もここではとりません。ノルマがきつい仕事を取ってきて職員が一生懸命やるというのでは、本末転倒ですから。
―コミュニティカフェなど、一般の外部の方が訪れるような仕組みもいいですね。
はい。カフェはもちろん、発達障害児のための講座や、リラクゼーションなどイベントを含め、いろいろな方が自由に出入りできる場所にしたいと思っています。
こうしたオープンなスペースをめざしたのには、これまでの苦い経験があるからです。僕が経験してきた施設では、大なり小なり虐待と言われるようなことがありました。身体的な暴力も含め、無視をしたり、みんなの前で罵倒したり。僕はやりませんでしたけれど、先輩から「(やらない僕に対して)大人になれ」と言われたりもしました。
ところが、虐待が全く起きない日というのがあるんです。それは見学者が来た日です。つまり外部の人間がいると、人の目があるから虐待しない。悲しいことではありますが、これは事実です。
それなら、いつでも外部の人が自由に行き来できるような空間にしたら、利用者の方も社会への接点がたくさん持てるし、職員も虐待しないと考えました。そこで、マスコミの取材も含め、見学者や、コミュニティカフェなどたくさんの方が行き来する場にしたんです。
こればかりは賭けでした。初日から起こったらどうしようと……。
今、オープンして半年が過ぎましたが、まるで起きません。
とにかく玄関は開けっ放しだし、とても開放的なスペースなので、職員が大きな声をだしたら、ご近所に筒抜けです。もちろん、人の目があるからだけではないでしょうが、常に風通しが良い状態というのは、虐待だけでなく、職員同士の悪口やいじめも起きない、ということも新しい発見でした。
―誰でも閉鎖的な空間に、固定された関係性を求められるとイライラしますね。多様な関係性が生まれれば、小さなことは気にならなくなる。
そうですね。虐待、いじめなどの問題はなくなり、文字通り地域にひらかれた場になっていると思います。
―ありがとうございました。
地域の人たちも自由に行き来できる場へ
- 前回までのお話
① ニーズに応えられる施設がないなら 自分でつくるしかない!
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