福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
●インタビュー大募集
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花げし舎ホームページ:
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- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第31回② 渡部 伸 「親なきあと」相談室主宰 渡部行政書士・社労士事務所代表
親の気持ちに寄り添いながら
「親なきあと」の状況の今を幅広く伝える
「親なきあと」相談室主宰 渡部行政書士・社労士事務所代表
渡部 伸(わたなべ しん)
1961年福島県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。出版社勤務を経て、2014年知的障害や精神障害の子どもをもつ親の悩みに寄り添い、ともに考えるため「親なきあと相談室」を開設。日本全国での講演や執筆など幅広く活動している。著書に、『障害のある子の家族が知っておきたい「親なきあと」』『障害のある子が「親なきあと」にお金に困らない本』『障害のある子の「親なきあと」』『まんがと図解でわかる障害のある子の将来のお金と生活』『親なきあとの準備 障害のある子の住まいと暮らし』がある。
- 親なきあと相談室 | 「親あるあいだ」に「親なきあと」の準備を!
oyanakiato.com
取材・文:石川未紀
──前回は活動を始めるまでの経緯について伺いました。
──具体的に、講演ではどのようなお話をされるのでしょうか?
「親なきあと」の課題は大まかに言うと「お金」「住まい」「日常のケア」の三つだと考えています。
親御さんはどの問題に対しても悩みは大きいのですが、どこからどうやって手を付けてよいのかわからないという方も多いのです。ですから、漠然とした不安に対して、その不安を具体的に整理して、必要な制度や相談機関につなげられるようなお話をさせていただいています。
よく、「お金はどのくらい残した方がいいですか?」という質問も受けますが、障害者には様々な福祉サービスがあります。お金をたくさん残すことよりも、「残したお金が本人の生活のために適切に使われる仕組み」を準備してくださいとお伝えしています。
──というのは?
例えば、親の遺産などでいきなり多額のお金を手に入ったらどうでしょう。成年後見制度などをすでに使っていれば、そのお金が不正に使われたりすることは防げます。けれども、軽度の知的障害者や精神障害者などで、日常の金銭管理は自分で行っていた場合、いきなり入ってきたまとまった額のお金を使いたいという欲求をコントロールできるかわかりません。また、このようなタイミングで悪意のある人に騙し取られてしまう可能性も否定しきれません。
親の財産状況や、子どもの状態をよく見極めた上で、「親なきあと」の親の遺産の管理について準備しておく必要はあるかと思います。
たとえば、先の場合には、「福祉型信託」と呼ばれる制度があります。明確に定義づけられた言葉ではありませんが、高齢者や障害者のために信託を設定することを「福祉型信託」と呼んでいます。2007年に信託法という法律が改正され、営利目的でなければ一般の法人や個人の間でも信託の仕組みが使えるようになりました。この信託によって可能になることで、障害者の家族に注目されている機能は主に二つ。一つ目は、信託した財産は子どもが必要なときに必要な分だけ給付してもらえること。二つ目は、子どもが亡くなったあとにまだ財産が残っていたら、そのお金を寄付する先も信託契約で決められることです。具体的には、親が亡くなった後、信託を依頼された人は、必要な時期に必要な額を障害のある子どもに渡していきます。月10万円と決めておけば、その額を渡してくれます。その子どもが亡くなったのちにも、まだ親の遺産が残っていれば、「世話になった施設法人に寄付したい」「面倒をみてくれた信託を依頼された人に寄付したい」とあらかじめ決めておくことができるようになるのです。
──なるほど、いろいろな仕組みができているのですね。
そうですね。福祉全般についてもですが、お金の仕組みを含めた「親なきあと」の対策については、これからも選択肢が広がっていくと考えています。
ですから、常にアンテナを張って新しい情報をキャッチし、精査していくことが大事ですね。
もちろん、福祉の支援サービスでどのようなものがあるのかもお伝えしています。お子さんが学齢期には福祉サービスをほとんど使ってこなかったという方もおられますので、そういう方には、まずは障害者支援区分の申請方法や、障害基礎年金などのお話からさせていただくこともあります。障害児・者といっても、その状況は様々です。講演では、一般的に広く伝えますが、どのような情報が必要なのかは、その方それぞれで違うと思います。そういう場合は、個別相談などで対応しています。
──親なきあと」のことは学校の先生も情報はお持ちでないでしょうしね。
はい。福祉サービスを利用していない方はもちろん、利用してきた方でも、「親なきあと」のことを考えなくてはいけないと思いながらも、先延ばしにしている方も少なくありません。けれども具体的にどこから手をつけたらいいのか、誰に相談したらよいのか、いざとなるとわからないことも多いと思います。福祉の人にお金のことを相談してもわからないこともあるでしょうし、その逆もしかりです。ですから、なるべく幅広い情報を届けられるように心がけています。
お金や住まいの話も大事ですが、「地域のつながりの大切さ」もぜひ伝えていきたいと思っています。やはり人と人とのつながりは基本です。地域の中で暮らしていくのですから、障害児、者のことを知っていただくことも、重要です。
講演していく中で、私が障害児の親であることも影響はあると感じています。実は講演後の質疑応答の時に、障害児のお父さんと思しき方が手をあげられたことがありました。その方に「どうぞ」とお伝えしたのですが、座ってうつむいたまま、何も話されないんです。「何か怒られるようなことを言ってしまったかな?」と心配になるほどでした。ようやく重い腰を上げるように立ち上がり、振り絞るように「親の気持ちがわかっていらっしゃる。今日、お話が聞けて本当によかった」と泣いていらしたんですね。やはり同じ当事者という立場だから共感していただけたのかなと思うと同時に、そのくらい、「親なきあと」のことを考える場の必要性を強く感じた出来事でした。
日々、講演活動をしながら、個別の相談室が全国の各地域にできるといいな、と感じています。
──ありがとうございました。
次回は、渡部さんが活動を通じて伝えたいことを伺っていきます。
コロナ禍でオンラインでも講演活動を