福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
●インタビュー大募集
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花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/
- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第18回④ 井上るみ子 NPO法人「こどものちから」 理事長
家族や病児本人も、みんなが集える場所にしたい
そして、来てくれてありがとうと送り出したい
NPO法人「こどものちから」 理事長
井上るみ子(いのうえ るみこ)
1958年福島県生まれ。1998年三男を小児がんで亡くしたことなどをきっかけに、国立がん研究センター中央病院小児科の「親の会」で会員の相談に乗る傍ら、「ピアカウンセラー」「家族相談士」の資格を取得。2007年より同病院小児待合室で子どもたちと遊ぶ自主活動を開始。2013年、病児のきょうだい児を支援するNPO法人「こどものちから」を設立。
- NPO法人 こどものちからHP
http://kodomono-chikara.org/
取材・文:石川未紀
前回は「こどものちから」の活動現場の様子を伺いました。
──2013年にNPO法人となってから、8年目になりますね。活動はどのようなひろがりを見せていますか?
きょうだい支援の講演会をおこなったり、企業内ボランティアの方々に向けて、ボランティア講座などを開いたりしています。継続してくれるボランティアの方も増えましたし、独自のイベントを開いたり、大学の学生さんも見学や実習で来ています。
きょうだい支援の活動を勧めてくれた娘は、今は結婚して母親になっています。心の傷は消えることはないけれど、この活動を続けてくれているから、そのことで私は背中を押されていると話してくれました。NPOの活動を伝える広報紙を年二回発行しているのですが、私がパソコンで作るのが大変だとぼやいたら、「しょうがないわね」と言いながら、仕事と子育ての合間を縫って手伝ってくれているんですよ。
──活動の中で大切にしていることは何でしょう。
病気の子どものきょうだい児たちは、禁止事項が多いんです。静かにしなさい、がまんしなさいとかね。風邪が流行っていたとしましょう。深刻な病気の子どもがいると、きょうだい児に「病気の子が風邪をひいたら大変だから、あなたたちも手洗いをしてマスクをしましょう」と親は言ってしまいがちです。本当はきょうだい児に「あなたが風邪をひいたら大変だから(心配だから)、手洗いをしっかりしましょう」と言うところですよね。
子どもは、そういう一言を敏感に感じ取っています。状況がわかるだけになおさらです。
不満やさみしさを親に向かって直接訴えかけられるなら、まだいいのですが、多くの子は「いい子」を自分でも無自覚に演じているのです。だからと言って、親も精いっぱいですよね。それもとてもよくわかります。だからこそ、こういう場で発散してほしい。きょうだい児だけでなく、親御さんも悩みを打ち明けてもらったり、愚痴をこぼしたりしてもらいたいと思っています。きょうだい児支援とうたっていますが、実際にはご両親や、病気の子ども本人もたくさんいらっしゃいます。つらい治療の合間に、遊んだり、悩みをこぼしたりする子もいます。
ここにいるといろんな人とかかわることができます。病気の子どもの話を聞くことも大事な活動だと思っています。
どの立場にいる人にとってもこの場で遊んだり、悩みを打ち明けたり、愚痴を言ったりすることで、自分の気持ちが整理できる、そんな場所であってほしい。
ここに来れば待っている人がいる。ちょっと行ってみようかな、そんな風に思ってもらえたらうれしいです。
──今後について伺いたいのですが。
そうですね。活動場所は、12階にある小児病棟待合室です。違う階の方は、ここへは来られないので、そこを何とかできないかなと考えています。きょうだい児というくくりだけでなく、お母さんが入院しているというケースもあるかと思います。できたら、一階玄関ロビースペースや最上階のレストランの一角など、誰でも気軽に来られる場所で活動出来たらという希望を持っています。
すべての子どもたちが、ここへ来て遊んで、楽しんで、いろんなものを発散して、元気になって帰ってくれたらと願っています。
来てくれてありがとう、遊んでくれてありがとう、そう笑顔で送ることが、私自身支えられるということなんだと思います。
- 【インタビューを終えて】
- とても笑顔がステキな方です。井上さんのお話を伺っていると、自然と吸い込まれて穏やかな気持ちになっていきました。経験、努力、そして天性の力も併せ持つ井上さんには、これからもたくさんの子どもたちやその家族の支えになってほしいと願っています。
- 【久田恵の視点】
- 「こどものちから」は、亡くなった息子さんとの約束を果たす場所なのですね。
その大切な場所が、多くの子どもたちや親たちをずっと支えて続けているのですね。
「人の思いを形にする」ことの原点に触れるような井上さんのこの活動には、強く心を打たれてしまいます。
- 前回までのお話
① 三男を亡くした後、11歳の娘の言葉 「私は蚊帳の外だった」がきっかけとなって
② きょうだい児がほっとできる居場所を作りたい 元手ゼロ、知識ゼロからNPO法人立ち上げ
③ 安心して自分を表現してほしい 支えると同時に支えられている活動です